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【読書レビュー】 冨永愛 美の法則

 美術館で素敵な絵に出会うと、「この絵、本当に美しいな」と感じ、雑誌で色鮮やかなドレスを纏ったモデルさんを見ると、その美しさに魅了される。ショパンの優美なメロディーを聴くと、「このメロディーの美しさがたまらない!」と心が踊りだす。

 「芸術」と呼ばれるものは多種多様であるが、どの芸術にも「美しい」という概念が関わっていると思う。音楽を学ぶ上で、「もっと美しい音を出せ!」と言われることはよくあるし、日々「もっと美しい音楽を創りたい」と思っている。しかし、「美しさ」とは一体何なのか。そして「美しい」と感じてもらうためにはどうしたらいいのか。そんな疑問に表現者としての解答例を示してくれた本が、冨永愛さんの『冨永愛 美の法則』だ。

美しさとは

 冨永さんは、美しさのことを「生き方からあふれ出るもの」と書かれていた。つまり、「今をどう生きているか」ということだ。
「ランウェイで見せるべきは私であって、「私」という自意識ではない」(41ページより引用)
という言葉に感銘を受けた。「こういう風に見てもらいたい」ではなく、「いつ、誰に見られてもそこに自分があるようにする」と私は解釈した。いつ人に見られてもそこに自分が存在するためには、どのように生きていけば良いのか。

努力する

 大前提のことだが、努力無しには何も始まらない。大切なことは、基本中の基本を日々続けていくことと、クレバーに努力することだ。

 クレバーに努力するのとはどういうことか。どんな道にも、自分と同じような夢へ向かって走っているライバルたちがいる。その中で生きていくには、時にはスマートな行動することが大切になってくる。戦略を練り、タイミングを見計らって動かなければスポットライトを浴びることができない。

 日々の努力を重ねていくことで、チャンスが来たときに掴める自分がいる。どんなに輝いている人も、優雅に泳ぐ白鳥も水面下では懸命に足を動かしているように、その背景には努力がある。だからこそ努力することが大切なのだ。

人に好かれる

 どんな仕事もひとりではできない。何事にも常に人が関わる。だからこそ、人との接し方は大切になってくる。人と仕事をするために、相手と相手の仕事に敬意を払い(例え相手がどんな奴だとしても!) 、自分もプロとして接していく。これが鍵となるそうだ。その結果、人に好かれ、味方につけることができれば、周囲に動いてもらえる人間になれる。

 もちろん、様々な考え方の人がいるため常に物事が円滑に進む訳ではない。しかし、自分に誇りを持ち、相手を尊敬できる姿勢を身につけておけば、相手とぶつかったときでもお互いが納得できる解決策を探すことができるだろう。

本物を目指す

 技術が進歩し、様々な情報に触れられる今、表現という在り方も大きく変わってきた。昔は限られた人だけが目にすることのできたランウェイも、今ではスマホで見ることができるようになった。そして、そこに登場するモデルたちも、インスタグラマーやブロガーなど、多種多様になってきた。そのような世の中であるからこそ、「本物が問われている時代だと思う」と冨永さんは述べている。

 本物が何かと言われると難しいが、私は「いかにありのままの自分を示していけるか」が重要になってくると思う。文明の利器のおかげで、今ではSNSに投稿するだけで誰もが表現者になれる。そんな玉石混交の環境で輝きを放ち続けるためには、何事にもブレることのない、強い信念という軸が必要になってくると思う。その軸こそが「ありのままの自分」なのではないか。そして、その軸を持つために、日頃から自分が「本物」と思える芸術に触れ、感性を磨くことが大切になるのではないか。

 他人にすり替わることはできないし、自分は自分でしか変えることができない。だからこそ、日々自分と向き合い、自分の信念のもと、努力を積み重ねていく。そして、その姿によって人を惹きつけていく。それが表現者として生きることなのではないかと私は思う。

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