カープダイアリー第8407話「短期決戦、赤い心で日本一に挑むⅣ、マリーンズサポと吉井監督の26分の奇跡から学ぶ」(2023年10月16日)

朝の陽射しが降り注ぐマツダスタジアム外野芝生には大瀬良と九里の姿があった。ふたりは「ライバルとして」(九里)、仲間としてずっと投手陣の先頭に立ってきた。調整する時も必ずふたりは近い距離にいる。思いをひとつにできる距離感だ。

CSファイナルステージはひとつの集大成になる。新井監督は2日の第1戦が九里、第2戦が大瀬良だと明言した。

岡田阪神が手ぐすねを引いて待ち受けている。その懐に飛び込み「高校球児のように」戦い、そして勝つことが今の最大の目標だ。

だが、一足先に「高校球児のように」戦いミラクルを起こした空間がある。午後6時プレーボールのZOZOマリンスタジアムだ。

ロッテとソフトバンクのCSファーストステージ第3戦。両者はわずか1毛差で2、3位の座を分けた。有利なのはホームアドバンテージのロッテ。しかし延長十回の攻撃が終わり3時間50分を経過した時点では、ソフトバンクがほぼ勝利を手中にしていた。

1勝1敗で迎えた”決戦”はソフトバンク先発の和田とロッテ先発の小島の投げ合いになった。互いに譲らず、さらに両軍ブルペン陣も譲らず、スコアボードにはゼロ18個。

ロッテは延長十回のマウンドに3連投となる5人目の澤村を送った。

ソフトバンク先頭は九回の守備で頭部を強打して担架で運び出された三森に代わる野村勇で、空振り三振に倒れた。

続く代打柳町は2ボールからの右中間二塁打放送席の里﨑智也さんはその瞬間「こうなったらどんな結末に向かうかわかんないですね」とコメントした。

ここでソフトバンク藤本監督は次打者甲斐のそばに歩み寄り、ドラフト3位ルーキーの生海を代打に送った。代走には上林。澤村のスプリットをことごとくファウルにするあたり、新人離れした打撃内容だったが快速球にはバットが空を切った。

打席には藤本監督がこのシリーズの「キーマン」に指名した周東。しかしここまで3戦を通じて出塁ゼロ。結果は二遊間を抜けていく中前打で本塁クロスプレーもセーフ!さらに川瀬も初球を打って前進守備の左中間をらくらくと超える三塁打。「どれだけ打つかより、いつ打つかですね」(里崎)。

ロッテ吉井監督が動いて左腕の坂本がマウンドへ。ベンチの澤村は眉間に皺を寄せて目は充血したまま…「裏の攻撃があるのですけど、点差が開けば開くほど確率が下がりますからね」(里崎)

その坂本も適時打されてスコアボードには「3」が点灯した。打った柳田は何度もポーズを決めながらベンチに下がり、ソフトバンクベンチはもう勝ったような空気に包まれた。酸いも甘いも知る和田ら一部の選手らを除いては…

そこからおよそ25分間の奇跡が起こることを信じて止まないマリーンズサポーターの声援はピークに達していた。33年間、ファン、選手に愛され続け引退を発表した谷保恵美さんの声が響く。「代打かくなかぁ~」

ソフトバンクは九回に投げたオスナから7人目の津森と嶺井のバッテリーにスイッチした。「フォアボールでも何でもいいからいかに塁に出てランナーを溜めていけるかですね」(里崎)

2ボールからソフトバンクバッテリーは8球続けて速い球を選択した。ファウルを打つたびにバットを短く持たように見えた角中。10球目が甘く来たところを中前打にした。津森がマウンドに上がってからおよそ7分が経過していた。まだ誰も結末を知らない。この1本がアリの一穴になることを…

「粘って出れば一発で3点入りますからね」(里崎)

続く荻野のボテボテ三ゴロが内野安打になり打席にはレギュラーシーズン1本塁打の藤岡。初球を押しこむと、マリンサポの待つ右中間スタンドへと放物線が伸びて行った。

「藤岡選手ホームランでございます」(場内アナ)

そこからしばらくスタジアムはその余韻に包まれて、打たれた津森は齋藤投手コーチに肩を抱かれたまま放心状態だった。外野では近藤が、内野では周東が座り込んだままになった。

わずか10分とちょっとで形勢は完全に逆転したことになる。

「こんなことあるんですね、このまま行く可能性ありますね、このイニング」(里崎)

12分30秒、津森がガックリと肩を落としてベンチに下がり、大津がマウンドに上がった。「どういう結果を迎えるかですね」(里崎)

ドラフト2位右腕は冷静だった。藤原右飛、ポランコ中飛でツーアウト。続く岡は左前打。「ひろみー!ひろみー!」の大声援になった。

打席の安田は実に“緩い”構えで最後の一振りを狙っていた。ボールカウント0-2になり何度も一塁牽制球を挟む大津もなかなか3球目を投げることができなかった。

3球目はファウル。

ウォーニングゾーンまで下がっているライトを見て実況アナが聞いた。「岡の足ならどうでしょう?」

「なかなか珍しいですよね、あそこまで後ろ守っていると、まあクッションによりますよね。まあでも、ツーアウトなんで勢いもあって回してもいいですけどね。逸れたらセーフみたにな、ね、イチかバチかの…」(里崎)

「安田、今シーズンは3度のサヨナラ打を放っています」(実況)

「打球は右中間だ、真ん中…」(実況)

ワンバウンド捕球の谷川原から中継は三森に代わってセカンドに入った川瀬。バックホームは一塁側に逸れて岡がヘッドスライディグ。「バックホーム、サヨナラ~、千葉ロッテ大逆転のサヨナラ勝ち」(実況)

「ライト谷川原もね、後ろ守ってることによって、フェンスまで到達させないっていうところで守備面でできることやりましたけどね、あとはもう(三塁の)大塚コーチともに、イチかバチかで回して、岡の走力が落ちなかったですよね」(里崎)

藤本監督はリクエスト。2分後、再度セーフの判定が下り、場内アナウンスが告げた。

「試合終了でございます。ファイナルステージ進出決定でございます」

……最後のロッテの反撃時間はおよそ26分。新井監督が目指す野球のヒントがたくさん散りばめられていたのは間違いない。

勝った吉井監督も同じく就任1年目。しかもレギュラーシーズンでは総得点505、総失点524のマイナス計上でもポストシーズンからの下剋上を目指す。ベンチワークの冴え方は相当のレベルだ。

敗れた藤本監督は試合後の会見で“続投”について「知りません」と答えていたがそのあと1時間30分と経たずに球団から「退任」が発表される異例の事態となった。

近藤、柳田という超A級看板2枚を擁しながら、肝心の投手陣が思うような結果を出せず球団周辺からは藤本采配に対する疑問の声が上がっていた。結果、昭和の匂いを残す指揮官はわずか2シーズンの短命に終わったのである。

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