カープダイアリー第8405話「短期決戦、赤い心で日本一に挑む」Ⅲ(2023年10月14日)

空に向かって打て!

新井監督の思いを胸に、秋山の振り抜いた打球はセンター後方へと伸びていった。延長十一回、二死一、三塁で前進守備を敷いていたDeNAベンチの上を行く執念の一撃。右手を突き上げて小園がサヨナラのホームを踏み、3万1041人のマツダスタジアムはそのあとしばらく大歓声に包まれた。

万歳とスキップを繰り返しながら189センチの巨体を軽々と持ち上げて見せたのは新井監督自身だった。ベンチを振り返り、他のナインにも“カモーン”と言わんばかりに何度も手招きした。そしてセカンドベース付近で5、6人から手荒い祝福シャワーを浴びせられる秋山に抱き着いた。

背番号9が熱いグラウンドに立てたのは延長十回、センターの守備からだった。その裏、先頭打者として四球を選んだ。この時、伊勢の真っ直ぐを前に飛ばすことができなかった。

だから三浦監督はウェンデルケンの球威を考え、センター蝦名に前に来るように指示したはずだ。打ったのはチェンジアップ。ヒーローの読み勝ちだったのかもしれない。

お立ち台でのその言葉には、チームへの思い、ファンへの思い、首脳陣への思いがよく滲み出ていた。そして何より、大一番でスタメンを外された自分自身に対する思いも…

-今の気持ちは

秋山 いやもう、最高に嬉しいです。

-カープに来てから格別の一打?

秋山 そうですねぇ、あのー、控えから始まってどこで行くんだ?という準備をしながら最後に最高の場面で回ってきたので良かったです!

-大接戦でした、ワンプレーの重いゲーム、どんな風にゲームを見てましたか?

秋山 相手の東君も簡単に打てないってわかってましたし、その中でピッチャー陣が抑えてくれたんで、ほんとに頼もしく、今年1年間そういう戦いだったなと見てました。

-延長十一回、みんなで作ったチャンスで回ってきました。

秋山 もう行くだけだと思って、もう絶対に決めてやるっていうそれだけでした。

-二塁付近でかなり手荒い祝福。

秋山 ずっと正面からくると怖いんで、背中から受けるようにして…あとはシーズンが終わったあとに噛み締めたいと思います。

-ホームで大歓声の中、まず1勝。

秋山 シーズン終盤から順位争いのところでみなさんの声援のおかげで勝てる試合もありましたし、優勝に届かなかったので、ここでやれることも含めて広島のみなさんに喜んでもらえれば良かったんで、きょうまず1勝できたのであすまた頑張ります。

試合後、すぐにSNS上では新井監督のパフォーマンス?が話題になった。「こんな監督もっと好きになる」など肯定的な声が大半だった。

オーバーアクションが新井流。だいたい試合前には選手らを前に「北島三郎さんでいくよ、祭りだ、祭りだ…」と呼びかけ、打てなかったら、打たれたら…というマイナス思考は必要なし!と説いていた。

2月のキャンプでは松山千春さん、優勝争い正念場ではアリス…

だがそれだけではない。短期決戦に「赤い心で挑む」ためにはそうした気力面、精神面を支えるための確固とした「信念」が必要になる。

その「信念」を支えるのは様々なケースを想定した事前の準備であり、スタメン決定、投手リレーはもちろん序盤、中盤、終盤の展開をシミュレーションした上で細部に渡る。

そう、勝利の女神は細部に宿る。

東に対して圧倒的不利な数字しか残っていないことを受けて首脳陣が決めたスタメンは…

セカンド菊池
センター野間
レフト龍馬
ファースト堂林
ショート小園
ライト末包
キャッチャー坂倉
サードマット


…だった。

東攻略が早いか、床田の交代時期の方が早いのか?

結果は序盤3回で5安打されても踏ん張っていた床田が六回、宮崎に先制2ランを許し、この回途中で大道にスイッチするという展開になった。

もちろん大道の出番も十分にブラッシュアップされたものであり、快速球勝負の右腕がその期待に応えた。

その裏の攻撃は床田の代打ライアンが中飛に倒れたあと、菊池のヘッドスラ内野安打と野間の右前打で築いた一死一、三塁から龍馬がすかさずレフトに犠飛を上げた。

初回は一ゴロ併殺に、四回は見逃し三振に倒れていた龍馬だったが大事な場面では難しい球を軽くスイングして逆方向に持って行った。

スタメンで難敵から1点をもぎ取ると、八回にはベンチワークがフル稼働するチャンスが巡ってきた。

7回87球の東に対して先頭のマットは2ボールからスイングをかけてファウル、さらに3-1からレフトポール左に大ファウル。6球目で四球を選んで一塁に歩いた。

三回にも四球を与えていたDeNAバッテリーは常にマットの一発に気を配っていた。レギュラーシーズン1試合で1個にも届かない与四球率の左腕からすれば、普段とは違う投球になっていたことになるし、八番に大砲を据えた新井監督らがそうさせた、と言うこともできる。

代走は羽月。八回のバースデー登板をゼロで終えた島内の代打は矢野。送りバント成功のあと、新井野球の神髄が顔をのぞかせた。

菊池の初球で羽月がスタート。ストライクのコールを聞いた山本はそのマスク越しにサードを見ただけだった。

完全なスチール成功は自軍への追い風、相手バッテリーの動揺、ふたつの作用を生むことになる。

ボールカウント1-1からのスクイズ成功。東からホームへのグラブトスはまったく間に合わなかった。

ノーヒットで試合を振り出しに戻す、これぞ一発勝負での戦術であり、それをきっちり成し遂げた。藤井ヘッドの存在は決して表に出てこないが、もし口を開けば「予定通りの流れでした」となるだろう。

あのNHK特集での栗山英樹氏の言葉といっしょ…

「野球というゲームで勝負を争うにはあくまで理詰めでなければならない」
「マジックとは正しいと思うことをやり尽くした結果、野球の神様も手伝ってくれる。やってる方は奇跡じゃなくて、あぁやって良かったなあという思いだと僕は思います」

そうした考えは3時間52分ゲームの至るところで生かされていた。七回以降、矢崎から始まる投手リレーで無失点。延長十回にはスタンドがどよめく中、九里をマウンドに送った。延長十二回の一死三塁の大ピンチでは九里が二死を奪うと、一番林に対してターリーを継ぎこんだ。

今季、大きな成長を遂げた坂倉には最後までマスクをかぶらせた。CS初出場でも黙々とやるべきことをこなすその背中を石原慶幸バッテリーコーチや藤井ヘッドが支え続けた。

敗れた三浦監督は三盗を許した場面についてベンチの責任だ、と悔しそうだった。投手二冠を獲得して胸を張ってマツダスタジアムのマウンドに上がった東はなお悔しいだろう。

前日、13日にNHK広島放送局であった「県民大会議」というCS直前特番が広島県域に向け生放送された。ネットでは全国に配信された。

その中でカープ女子としても活動するうえむらちかさんが「床田投手は今季、盗塁を企図された数がわずかに2、東投手は9度あり、スキがあるかも…」と高度なネタを披露して、向かいの席のカープOB会会長・大野豊さんがうなづく場面があった。

同じくカープOB中田廉氏はこの番組を視聴しており、すぐにSNSでリアクションした。

深夜11時30分まで続いた同番組を両チーム関係者が視聴していたとは考えにくい。カープベンチは「東攻略」の糸口を探る中で、菊池、末包、ライアン、マットが1本ずつ左腕から放っていた柵越えの可能性と、塁上でのヒットに頼らない進塁への策を磨いてきた。

「祭り」はその規模が大きくなるほどに入念な打ち合わせが必要になる。もちろん「祭り」はスタンドからの声援がないと盛り上がらない。

かつて新井監督が父・浩吉さんの手に引かれて通った旧広島市民球場では、劇的な決着のあと市民がグラウンドに雪崩れ込んでいた。今はそんな行為は許されない。でも新井監督が市民のファンの代表としてグラウンドの中心で飛び回っている。

初戦は赤コーナーから最終ラウンド手前で痛烈なカウンターが繰り出された。あす、青コーナーも黙ってはいないだろう。それともクロスカウンター炸裂か…

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