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人情噺は体験がフックとなった
昨年の落語発表会で人情噺を演じた。落語学びはじめのころは人情噺を演じるイメージは全くなく、昨年の演目を決めるときまでもイメージはなかった。
理由は2つある。
ひとつは、ぼくの好みの笑いがない
もうひとつは、涙してもらうというイメージが立たない
けれども、笑福亭鶴笑師匠の「ラーメン屋」を聴いたとき、「この噺をしたい!」と、衝動に駆られてしまいました。
「ラーメン屋」は人情噺ではあるも、僕の好みのけったいな笑いが含まれており、泣きながら笑ってしまう、2つの感情が同時に湧きあがる体験をしました。おそらく、この体験が衝動のフックとなって、「この噺をしたい!」と思わされたのだと思います。
実際に演じてみると、聴く側とは違った感覚が自分の中から発生しました。登場人物のそばからみている感覚で、そばでみている場面を客席にお伝えする感覚でした。
同時に、噺を聴いている側として、この噺特有の「泣き笑い」しそうになっていました。
終演後は、じんわりとした灯がぼくの中で数日のあいだ灯りつづけていました。この噺、寄席で聴いてもらいたいな~。
もし刺さる根多でしたら、木戸銭歓迎です。寄席代にして、さらなる刺さる根多を仕入れてきます。