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味わう「ことわざ」


ことわざ」と聞いて、あなたは何を思うだろか。

古臭い、難解、つまらない………
そう否定的な見方もあるかもしれない


だが、ことわざをはじめ、故事や俗信も含め、
そのような見方をするのは非常にもったいない。
それは、ただことわざを知らないだけなのだ。
知れば知るほど、噛めば噛むほど味のあることわざ(※故事・俗信も含む)を紹介していきたい。
そして、可能であれば声に出してみてほしい。
そうすれば、よりことわざのうま味を味わうことができよう。
いざ給へ、ことわざの世界へ。


※この記事は『故事俗信ことわざ大辞典』<小学館>を参考にしている。



○御苦労はしくろうの上

「御苦労」と言えば、「御苦労様」などの形で仕事終わりなどに労いの言葉として使う常套句。
では、「しくろう」とは何か。
そして、なぜしくろうの「上」なのか。


これは一種のしゃれ言葉で、接頭辞「御-」を数字の「五」にかけたもの。
そして、数字を降順に並べたとき、「五」の下にくる数字は言わずとも察しがつくだろう。
すなわち、「四」の上にあるのが「五」、そして「御[=五]」の位置に「四」を置くことで、「し[=四]くろう」となる。
したがって、このことわざは単に「御苦労」を面白おかしく言っただけなのだ。
このような言葉遊びこそ、ことわざの醍醐味の一つ。
そして、このことわざは、御苦労と声をかけられたときに返すことばであったらしく、

「アアお年寄御苦労御苦労」
「何の何の御苦労はしくろうの上の事」
<浄・奥州安達原>

という用例がある。
皆もぜひ、御苦労様と言われた際に「御苦労はしくろうの上」と返してみるのはいかがだろうか。


○そうは虎の巻

「そうは虎の巻」
一体全体、何なのか検討もつかない。
そもそも「虎の巻」について知らない人もいるかもしれない。
虎の巻は、いわゆる兵法書であり、デジタル大辞泉によると以下の通りである。

とら‐の‐まき【虎の巻】

《中国、周時代の兵法書「六韜りくとう」の虎韜ことうの巻による語》
1 兵法の秘伝書。
2 芸道などの秘事・秘伝を記した書。
3 講義などの種本。また、教科書にある、問題の解答などが書いてある参考書。あんちょこ。とらかん。

デジタル大辞泉<コトバンク>

では、その兵法書が関係しているのか。
答えは、否。
こいつの正体は、前項と同じく、しゃれ言葉。
基となるのは「そうは取らぬ」というもの。
「そうは取らぬ」の「取ら」に兵法書「虎の巻」をかけたしゃれなのだ。
意味としては、「そんなにうまくは取られない」「物事はそうたやすくはいかない」といったところである。
意味の近いものとして、よく耳にする「そうは問屋が卸さない」がある。
ちなみに、「そうは○○」の類いは意外に多い。
・そうは虎の皮
・そうはうまくは虎の皮
・そうは虎の門の金毘羅
・そううまくは烏賊の金玉
など多種多様。
意味としては、どれも「そううまくはいかない」と捉えて差し支えないだろう。
用例としては、
「そのかき文句ではどんなやつでもろくなろうが、おゐらァそふはとらの巻」<洒・風俗通>
『「それでも玉とやらがおちなんしたら、だれなんすだらうね」「マァそふはとらの門のこんひらだ」』<洒・傾城買四十八手>
などがある。
実際にどのような使い方をしていたかは定かではないが、仲の良い人の間で冗談半分に言っていたのだろうか。


○駿馬の躓き武士の手後れ

「駿馬の躓[つまず]き」に「武士の手後[ておく]れ」とは何を意味しているのか。
「駿馬」は足の早い名馬のこと。
「手後れ」は、ここでは「行うべき時機を失うこと<日国大/コトバンクより引用>」としておこ
う。
文章そのままの意味を取ってみると、
「足の早い名馬でさえもつまずくし、武士でも
時機を逃すことがある」だろうか。
要するに、誰にでも失敗はあるということだ。
意味が近いものとしては、「弘法も筆の誤り」や「河童の川流れ」が挙げられるだろう。
ありふれた言葉を使いたくないなら、このような珍しい言葉を使ってみるのも一興。
語彙の引き出しを充実させて、失敗は誰にでもあると鼓舞する際に使ってみては。


○蜘蛛の振舞い

蜘蛛と言えば、あの忌み嫌われることの多き存在。
では、そんな蜘蛛の振る舞いとは何を指すのか。
端的に言うと、親しき人が家に来る前兆だ。
管見ゆえ由来は定かではないが、古来より蜘蛛が巣をつくると待ち人がくるという俗信がある。
和歌や物語にもこれを記したものは少なくはない。
くものふるまひはしるかりつらむものを、心憂くすかし給けるよ」<源氏・紅葉賀>
「わがせこが 来べきよひなり ささがにの くものふるまひ かねてしるしも」<古今>
「今日は我 待たしと思ふ 心さへ また搔き絶えず くものふるまひ」<六百番歌合>
などの用例がある。

このような恋に纏わる俗信は多様で、眉を掻いたり、紐が解けたり、くしゃみをしたり、と多種多様。
これらは元をたどれば、中国古典に由来するものが多い。大陸文化を吸収し、それを歌などに取り入れてお洒落なものにしたかったのだろう。


○酒は燗 肴は刺身 酌は髱


酒は燗[かん]、すなわち程よく温めた酒。
肴は、酒とともに食べるものをさす。おつまみといったところだろう。
髱[たぼ]は、日本髪で後ろに張り出した部分のこと。また、若い女性の俗称。
この三つに共通することは、最初の語でもある酒。
では、これらと酒に何の関わりがあるのか。
勘づいた人もいるかもしれないが、
若い女性に程よく温めた酒をついでもらい、刺身を添えて、盃を傾ける。
そう酒を美味しく飲むための条件を言っているのだ。
その中でも、興味深いのが「肴は刺身」。
先程、肴は酒とともに食べるものと書いた。
もともと、「肴」は「さか+な」という複合語。「酒屋[さか+や]」などと同類。
この「な」は、旺文社古語辞典第十版増補版を引くと以下の通りであった。

な[肴](名)
魚・鳥獣の肉・野菜など、酒・飯にそえて食べるもの。一般的な副食物。おかず。さい。

旺文社古語辞典第十版増補版

これを踏まえて、なぜ「肴は刺身」が興味深いのか。
それは、現代人が「さかな」と聞いて「魚」しか頭に浮かばないことと関係している。
「酒とともに食べるもの」に選ばれることが多かったのが「魚[うお]」だった。
実際、肴は刺身と言っているのだし、酒と魚は定番の組み合わせだったのだろう。
そして、肴にうおが多かったことから、次第に「さかな=魚」と認識されるようになったと考えられる。
そして、いつしか「魚」は「うお→さかな」となり、「さか+な」は一語として「魚」になってしまった。
詳しくは割愛するが、このような事柄を研究するのは言語学で形態論という。
このように身近にあるのが言語学。
それはさておき、言語学の知識が使えるのではないかと思ったことわざだった。


○あとがき

以上、五つのことわざを紹介したが、いかがだっただろうか。
あまり知られていないと思われるものを進んで挙げたから、新鮮ではあったと思う。
ことわざの味を少しでも知ってもらえれば、幸甚の至りだ。
そして、この記事はシリーズ化しようとも考えているから、気長に続編を待っていてくれ。
そのためにも、ぜひ「スキ」やフォローを。



ことわざなどをはじめ、麻雀やことば、その他私自身が興味をもったことについて、そこはかとなく書き綴っているから、他の記事もぜひ読んでほしい。

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