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下等生物である自分を認める

またやった。忘れ物。またやった。車を擦った。
何回やっても反省しても痛い目遭っても同じことを繰り返してしまう。これを読んでくれているADHDの方は心当たりがあるのではないだろうか。無論、これらの行動により迷惑をかける人がいる訳だ。本当に申し訳ないと思う。

ADHDは脳の障害である。いくら訓練しようとも、ほんの僅かなキッカケであっという間に元の木阿弥になることはよくある。また、頭の中ではものすごい勢いで「なぜ出来ないのか」を言語化しようとしているが、それを瞬発的にかつ相手に配慮した表現が出来ないあまりに、言い訳に捉えられたり、意図しない他責表現になることで嫌われてしまうことがある。これはもう運命として受け入れるしかない。障害を負っている人は身体、精神に関わらず大勢居り、一人一人が努力しながら苦手を克服しようと懸命に生きている。私もADHDという障害は受け入れているつもりだが、それでもまだ満足に出来ることは少なく家族に迷惑をかけっぱなしだ。嫌な思いも多々させている。もっともっと努力しなければ…。

ところで、ADHDやASDを抱えている人の中には周囲から嫌われたり馴染めずして、孤立するパターンが往々にしてある。残念ながら、これを苦に自身で命を絶つ例も少なくない。もちろん、この行為はしてはいけない。しかし、消えたい思いを引きずりながら生きる程辛いことはないのも事実だ。では、どうすれば良いのか。

私のような中年男から言えるのは、「一日生き抜いた自分を認めること」。たとえ、無職で怠惰な一日を過ごしたとしてもだ。何故なら、生きることそれ自体が自然とパワーが要るから。食べる、飲む、排泄。これらの行為は僅かながら能動的になる瞬間が生じる。これが生きている証拠なのだ。
自分を認めることを続けていれば、いつしか行動力が増す。そうすれば、部屋から出て買い物に行けたり、人に触れることで復職してみようかという気にもなるだろう。

怒られ嫌われ続け、自分なんて要らないんじゃないかと考えても、ほんの少し図々しく「よくやったじゃん」と自分にOKを出し続ける。このルーティンを繰り返せばいつの日にかきっと希望が見えてくるはず。今絶望の渦中にいる人に届いて欲しいと切に願う。

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