一華 -Ikka-

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内燃「5.掲げた両手」

 それからというもの、俺たちはスター街道を駆け抜けていった。今までの挫折や苦渋をバネに、快進撃を遂げた。  賞レースを総なめにし、注目の的となった。勢いそのままに、テレビ出演が増え、帯番組「バンバン言っちゃいな。」が始まった。今までの苦労と暇が嘘かのように、多忙で充実した毎日だ。売れっ子になってしまったら、それはそれで困ったものだ。  と、まあ、ありきたりな物語だとこんな調子でトントン拍子に話は進むだろう。しかし、現実はそう甘くない。  相変わらず、いつもの舞台は都会の雑踏

    • 内燃「4.それでも二人は」

       目を覚ました。何時かさえも分からない。辺りはまだ暗い。  乱雑に置かれた洗濯物の山からリモコンを引っ張り出した。三回くらい電源ボタンを押した。テレビは退屈なニュース番組だった。乾いた笑い声がやけに耳についた。  時計は午前五時二十一分を指し示していた。どうやら眠ってしまっていたらしい。    ひとまず、タバコを吸うことにした。ベランダに出ると、見慣れた灰色の街が均一に広がっていた。空には、重たい雲が幾重にも重なっていた。  今日はごみ収集の日なのだろうか。都会の嫌な匂いが

      • 内燃「3.笑われた夢」

         数年前から始まった「ネクスターズ」は、結成5年以下の漫才師の大会で、若手の試金石である。初回の覇者「浮上サブマリン」の活躍もあって、メディアの注目も自ずと集まっていた。結成5年目の俺たちにとって、最後のネクスターズだった。  「炭酸ヒットチャート」は最近、SNSで脚光を浴び、若者を中心に大人気のコンビになっていた。「だるさんズ」は今まで鎬を削った同期である。他にも、この界隈では名の知れた漫才師たちが静かに自己主張していた。荒削りがゆえだろうか。鈍いながらも確かにキラリと光る

        • 内燃「2.書き潰した願い」

           俺たちは大会を一ヶ月後に控えていた。若手の登竜門で、五年目になる俺たちにとっては、ラストイヤーになる大会だ。まだ、勝負のネタが完成していないので、少し焦りを感じている。それは、一ノ瀬も同じのようで、とにかくネタ合わせをしようと訴えてくる。切羽詰まっていることは確かだったので、とりあえず集まることにした。  そういう日は必ず、半額の惣菜を買い、俺の家で集まることになっていた。四畳半のワンルームは、一人で暮らすのには便利だが、二人で過ごすには少し狭い。 基本は俺がネタを書くこ

        内燃「5.掲げた両手」

          内燃 「1.漫才バンザイ!!」

          「漫才バンザイ!!」  突然、一ノ瀬が叫んだ。通りがかったカップルと足早に歩くサラリーマンがこちらをチラリと見たが、そのまま雑踏へと消えていった。 「どうもありがとうございました!」  受け取り手のいない虚しい音は、サラリーマンのように街に溶け込んでいった。空の水色は鮮やかさを急速に失い、ビルが辺りに暗い陰を落としていた。 「今日はこの辺にしとこか。」  そう言って、カンパ用の箱を取り上げた。サクラでいれておいた小銭以外は入っていない。いつものことだ。  この街のお笑いに対す

          内燃 「1.漫才バンザイ!!」