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浅野いにおの漫画が読めなくなった話

18歳の夏
地元を離れ1人で暮らして数ヶ月が経つ頃、ストーカーに誘拐された。

ストーカーは6歳上の工場勤務、私服が万年黒シャツ黒スキニー、バンドマン崩れの低身長モブ顔。浅野いにおの漫画に登場しそうな普通の異常者。
クラスメイトから知人として紹介されたのがはじまり。

クラスメイトが勝手に連絡先を教えたらしく、毎秒通知音が鳴る。ブロックするとiPhoneに着信。着信を拒否をすれば非通知。オートロックを突破して家まで迎えにきてくれちゃったりする。

「今、顔を見て話せたら君のことは諦める。少しでいいから」

ノイローゼ気味になっていた私は怪しさ満点の言葉が希望のように聞こえ、ドアを開けてしまった。これで終わるはずがない。

案の定、物凄い力で車に乗せられ無言の地獄ドライブがスタート
市外に差し掛かるあたりでどこに向かっているか尋ねてみるも返事はない。車が停る気配もない。ETCレーンを抜けた瞬間の絶望。

標識が隣県になり街灯もまばら、iPhoneは圏外になった。多分殺されるんだろうな。18歳で人生を終えてしまうことへの謝罪を父と母にどう伝えようか。運転手にバレないようiPhoneのメモ機能を開いた。

先立つ不孝をお許しください。

遺書が完成間近になったところで「降りろ」と声がする。タイムリミットは思ったよりも早く、気がつけば真っ暗な山にいた。
懐中電灯に集る虫を見つめながら草を掻き分け、ある程度登ったところで「目を瞑れ」

固く目を閉じ終わりを待つ。しかしそれは来ず、三度目の声は「目を開けて」

視界に広がる知らない土地の明かり。
こんなにも感動しない夜景は人生初めてで、このロマンチスト殺人犯を足下に落ちている石で殴ろうと思えた。怒りはパワーって本当だね。

しゃがんで石を拾おうとしたところで抱きしめられた。最初で最後の抱擁がほしいのか、さすがロマンチストだな。
はやく殺せ、さもなくば私がお前を殺す。娘が18歳で死ぬのと人を殺めてしまうの、どちらが親不孝だろうか。

「俺と別れるなんて言わないで」

正気とは思えぬ言葉が耳元を通り過ぎていった。
いつ誰がコイツと交際をしたんだろう。
私が脅えていた間、コイツはカップルの倦怠期気分だったというのか。どこをどう解釈したらそうなるのか全部説明してほしかった。

けれど全てを飲み込み、抱きしめて、彼にキスをした。


 *

最低のキスで死者にも犯罪者にもならずに済むのなら安いね。

この出来事のおかげで私は浅野いにおが読めなくなってしまいました。うみべの女の子が特にきつい。磯部に容姿が似ているストーカーのせいで。
生還した後、ヤツとは関わらずに済んでいます。
一年後、バイト先に来店されるまで顔も見なかったくらい。それはまた別のお話。



あの日、五度目の声は
「この夜景を見せて落ちなかった女はいない」




ばーか

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