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猫の野望(小説)

僕は飼い猫だ。
両親とは生まれて100日で引き離されてこの猫野家に連れてこられた。飼い主には「猫太郎」と名付けられた。だけど僕はママとパパが恋しくてこの家を抜け出して両親の元に帰ることを決めている。

毎日、飼い主に撫で回されてうんざりしている。それにしても、この飼い主は馬鹿だ。僕がにゃーんと泣くだけで僕に夢中になって、のび〜っとしただけで唇を噛み締めながら変な顔をする。僕の一挙一動で骨抜きにされている。本当にちょろい人間だ。
しかし、困ったことにこの飼い主は隙だらけのようにみえるが、決してそんなことはない。僕の武器は足の速さと牙と爪だ。なのに、いい感じに尖ってきた爪をハサミでちょきんと切られたり、唯一外に繋がる玄関からは出してもらえそうにない。牙は毎日布のようなもので拭かれている。多分、飼い主は僕の牙を恐れて毎日チェックしているんだと思う。

そしてなんと言っても僕が脱走するのに困難なことは、飼い主が幻惑使いなことだ!!!!玄関から抜け出すチャンスは飼い主がこの家に出入りする時だけだ。
でも、飼い主が出掛ける準備をすると僕は胸が締め付けられるような感覚に襲われる。そのせいで飼い主が家を出るときに座り込んでしまうんだ。結局ドアが閉まり切ってもしばらく動けない。尻尾が下がる。そして飼い主が出かけた後は、なんだか心にぽっかり穴が空いたようになる。ボール遊びしても、ねずみと遊んでも全然楽しくない。だけど、飼い主が帰ってくるとその感情は全くなくなるんだ。飼い主が帰ってくる音が聞こえて、抜け出すチャンスだと思って玄関に駆けつけると、飼い主は僕の顔をみて「猫太郎、ただいま!お留守番ありがと」と締まりのない顔で撫で回してくる。顎の下や顔まわりと尻尾の付け根のあたりをなでられると力が抜けてしまう。いつの間にか口元が緩む。そして僕は気がつけば仰向けに寝転がっている。
そして視界の端に玄関の扉が閉じるのを視界に捉えた。は...!今日もやられた!そう。これが飼い主が使う幻惑なんだ。感情と行動を制限する能力がある。今日も脱走が失敗したことを悔む。今までどこにいってたんだよ、幻惑を使って僕の心を変にしやがってっ!と息巻いて飼い主の手に噛みついてやる。痛ーいと騒いでる姿をみて僕は誇らしげな気分になった。しかし、飼い主はそれでも僕のことを愛おしそうな目を寄越してくる。その視線を向けられるとなぜか擽ったい気持ちになって直視できずに僕は目をシバシバさせてしまう。なぜだか尻尾が落ち着かない。

しばらくして、飼い主が
「猫太郎、ちゅーる食べる?」
なんだって!!!!!!!!困った、僕はこのちゅーるに勝てないのだ。ちゅーるはすごくハイになる。思わず尻尾をピンっと立てて飼い主にすり寄ってしまう。まあいい、これもちゅーるをもらうためだからしょうがない。そして、ちゅーるを食べ終わった。もうこれでこいつには用はない。
「明日は違うおやつを食べようね」
にゃ?!違うおやつだって?それはちゅーるより美味しいのかが気になって尻尾をパタパタさせてしまう。ああ、もうこの飼い主にはしてやられてばっかだ。ここまでくると僕の目論見に勘づいているのかとまで考えさせられる。だが、皆には勘違いして欲しくない。僕は決してこの生活が気に入ってるというわけではない。ただ、ことごとくこの飼い主に計画を邪魔されるだけだ。正直、両親の顔もあまり覚えてないし、どこにいるかもわからないから最近はどうでもいいかな〜なんて考えていない。...考えていない。そうしている間に飼い主が僕を撫でている。どうしてか、それが顔も覚えていないママを想像させる。「猫太郎、ねんねんねー」あ、しまった。飼い主がこの呪文を唱えると僕は瞼が重くなり、全身の力が抜けるんだ。そして僕はゴロゴロと喉を鳴らしながらお昼寝をした。おわり。

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