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正しいこととは【ゼロとシャウラのものがたり】

「王子、おつかれさまです!」
執務を終えた瞬間に、シャウラが執務室に飛び込んできた。噂では、シャウラはぼくの仕事が終わる五分前に自らの執務を終え、扉の向こうでぼくが執務終了のベルを城中に鳴らすのを待っているのだそうだ。おとなしいケルベロスのような、可愛い人だと思う。
ここは、自殺者達が終の場所として訪れるレティクル座。ぼくは王子のゼロ。自殺者たちの罪の重さを量るのが仕事だ。
「シャウラもお疲れ様、ふふ、今日もいつも通りきてくれたね。ねえねえ、きょうはぼく、新しいストールが欲しいと思ってて……星柄の……」
「経費で落とせると思います。どこに買いに行きますか、お供しますよ」
「HARAJUKUっていうところに、お店がいっぱいある」
それならば、方舟で行きましょうということになった。
誰にも見つからないルートを作ったと言うので、その裏口から方舟乗り場に行く。いつの間に施行したのだろう、立派な道が出来上がっている。
方舟に乗ると、今日はぼくが、操縦桿にむかって手のひらをかざしHARAJUKU、と唱えた。ふわりと髪が揺れる。微かな発進音が鳴ったので、ソファに腰掛けた。シャウラが、今日は共同制作したマドレーヌとカヌレをテーブルにおいてくれたので、ぼくはとりあえずふたつずつお皿に取り分けた。
「さて、王子、今日は地球に着くまでお勉強です」
ぼくはあからさまにふてくされた。
「嫌だ」
「まあそんなことはいわずに」
「楽しいお勉強ならする」
シャウラはにっこり笑って、キチネットへむかうと、なにやら作り始めた。
「……百万の兵士を引き連れて、ある王様は敵の領土を侵略しようとしました。しかし、王様は一つ大きな誤算をしていました」
「うんうん、それでどうしたの?」
良い香りがしてくる。珈琲的ななにかだ。
「百万の兵たちは餓えてしまったのです。王様は自分の分のパンと葡萄酒を側近たちに全て分け与え、自らは飢えで死んでしまいました。側近たちも百万の兵士たちも次々と倒れ、軍は全滅してしまいました。この王様のことをどう思いますか、素直に、思った通りに!せーの!王子!」
ぼくは少し考えた。引っ掛け問題な気がする。この問題には一筋縄ではいかない何かが隠されている。
「この王様は自分の食糧を側近に分け与え飢えて死んでしまった。お腹がすきすぎて、辛かっただろう。優しい王様だと思う」
悩んだけど、自分の気持ちに正直に答えてみた。
するとシャウラはカフェオレボウルをふたつトレイに乗せてやってきた。とても良い香りがする。シャウラはぼくのあたまをやさしくぽんぽんたたいて、肩に引き寄せた。もたれかかっているにも関わらず全くぶれない動きで、ミルクを注ぎながらカフェオレボウルをゆらし、ハートを何連も描き出した。
「……戦いをするにあたって、一番大事なことはなんだと思いますか?それは、兵を餓えさせないことです。もちろん先陣を切る人物のカリスマ性や兵法、天の利は地の利に如かずということばもありますね。その他にもたくさん重要なことはありますが……充分な食料を用意せずに侵略を行うなんてとてつもなく愚かな行為です。人間、お腹がすいたら何も出来なくなってしまいます。まあそもそも、侵略なんて行為自体が馬鹿げてるんですけどね」
「うん、それはよくわかる。ぼくも毎朝、シャウラのふわふわたまごのガレットと洋酒のきいた季節のパルフェを食べているけど、あれが食べられないって想像すると怖い」
「王子は、最近ピーマンとうずらのたまごも食べられるようになってえらい!よしよし。まあ、それについては後でたっぷりご褒美をあげますから、話を続けましょう。お腹が減ると判断力も鈍り、いい事なしです。王子もきっとお腹が減る時間だと思い、サンドイッチを作って持ってきました。さあどうぞ」
「わあ、美味しそう!!ローストビーフと玉ねぎとピーマンがたっぷり!バンズはハニーオーツかな、いただきます!」
「ああ、話がそれてしまう……わたくしはあまり話が上手くないので、退屈させてしまっているかもしれませんが……ええっと、そうですね、王様の話の続きです。おまけにこの王様は身近な側近だけにわずかな食料を与えて死んだ。これは偽善者のすることです。要するにこの王様は犬死にのただのバカです」
難しい顔をしていたのだろうか。シャウラが破顔した。
「幸いレティクル座はのんびりしたところです。他の星座や惑星とも平和条約を結んでいる。難しいことを考える必要はありませんね。意地悪をしてしまってごめんなさい」
「うーん……争いごとをしたことがないから、ぼくには難しすぎる問題」
「王子!ふくれっ面は可愛くない!!可愛い顔してください!もう!最終手段です」
シャウラが立ち上がって、ぼくのほっぺたを白手袋越しに優しく包み込んだ。いつも思うけど、すごい身長差だ。目を閉じるのが合図。優しく唇をついばまれて、耳元で続きはバスタイムの後で、と、頭を撫でられる。
「ん、可愛い」
「シャウラは油断ならない」
「それはほめことばとしてうけとっても?どうぞ、最近体得したラテアートです。まずは模様を見て楽しんでください。お砂糖はいつも通り三つ、ですよね」
くすくす笑いながらシャウラが言った。
HARAJUKUまではほんの一時間ほどの距離で、シャウラに作ってもらったサンドイッチを食べながら、先程の王様を完全に否定はできないというぼくと、バカで犬死にの偽善者だというシャウラで議論をしていたら、あっという間に着いてしまった。
「王子とは、こういうはなしをするのもたのしいですね、えっと……どの辺に下ろそうかな……」
「そこ、裏道があるみたいだよ。置かせてもらってすぐステルスの魔法をかけよう」
ぼくはぴょんと方舟からとびおりた。続いて静々とシャウラが降りてきたので、すぐに魔法をかけた。
「よし、誰にも見られてないよ、完璧!」
「王子、すごいですねえ」
「そんなにたいしたことじゃないよ」
ぼくはシャウラの手を引いて、お店をめぐりめぐった。シャウラに色違いのストールをプレゼントしたり楽しく過ごした。鉱物屋さんにも寄り、フローライトのバングルを格安で手に入れた。もちろんお揃いのものだ。
「デート、すごく楽しいんですけど、王子、叱られたりしませんか?わたくしはその事が心配でしかたなくて……」
「大丈夫。あの部屋全体にステルスの魔法をかけてきてるから、みんなは入れず困ってるとおもうけど、そんなことよりシャウラのほうが重要でしょ」
「なんてありがたい。でもつぎからは、公休の時に地球に来ましょう。サボタージュはあまり良くありません」
「えへへ、ぼく、午前中に千人以上裁いたからノルマは達成してるの」
「おや。それじゃサボタージュじゃないんですね、失礼しました」
「やる事やったから遊ぶんだ、行きたいところある?ぼく、HARAJUKUそこそこくわしいよ」
「わがままを、言ってもいいですか?」
「うん、いいよ!」
「わたくし、王子とのペアリングが欲しいんです」
「えっ!」
「もっとちかくに、王子を感じていたくて……その、子どもっぽいかもしれないのですが」
「そんなことないよ。嬉しいな。どこか欲しいブランドとかある?」
「とくには……ブランドとかに疎いもので。ただ理想があって、銀色のシンプルなものが欲しいなって思っています」
「それなら、HARAJUKUじゃなくてYOKOHAMAに今度、出直そう。あそこの赤レンガ倉庫というところには、アクセサリー売り場がたくさんあるってトトが言ってた。大切なものだから、しっかり見て選びたいな。彼処には寝っ転がりながら食事が取れるレストランとかがあって、かなりデート向けだよ」
「はい!そうしましょう!トト様、すごいなあ、まだ小さいのにめちゃくちゃ大人びてますよね」
「本当に。はやくシャウラと隠居したいよ。色々しっかりしすぎてる」
またちょっと卑屈なことを言ってしまった。するとシャウラがよしよしと優しく髪をなでてくれた。
「まあ時期レティクル座の王はほぼトトに決まってるから、ぼくらはこうしてあそんであるこう。ぼくはすごくこの関係、きにいっているよ」
「わたくしもです。王子の側近でよかったー!!」
「わーい!!シャウラ大好き!!」
そのテンションのまま、ぼくらはレティクル座に帰ることになった。方舟にさっと乗り込むと、操縦桿にむけて手を翳し、「Reticulum」と呟いた。一瞬で大気圏を出る。
「カヌレ、たべましょう。おいしくできてよかったです」
ぼくは混ぜただけだもん、シャウラがすごいの、と思ったけど、また卑屈っぽい言い回しになってしまうかなと思って、言葉を飲み込んだ。
「勝手にレティクル座につれていってくれるので、我々はなにかお酒でも飲みましょうか」
「何があるの?」
「シャンパンもありますし、リキュール類も揃っていますよ。こう見えてわたくし、前世ではバーテンダーをしていました。ですので、お酒の知識はそこそこあります」
「じゃあ、ニコラシカをおねがいできる?」
「強いの飲みますね!でもいきなりぱっぱらぱあになったらこまってしまうので、最初は弱いのからいきませんか」
「うーん、ブラックルシアンとか」
「ブラックルシアンも強いですけど……わかりました、王子のために愛をこめてつくります!」
キッチンにいるシャウラにいたずらをして遊ぶことにした。
「ねえねえ、いまなにしてるの?」
「コーヒーリキュールをジガーカップで計っています。王子は座っていてください」
「なにしてるのかなー?」
「王子はしずかに、いいこにしてたら、よいことがおこりますよ」
「よいことってなあに?」
「いいからすわる!」
軽々と抱えあげられ、ソファ席に座らされた。
「はあい」
カヌレをつまんでいると、ブラックルシアンをトレイに乗せてきたシャウラが机上を整えた。
「こういうおやつにはブラックルシアンがぴったりだよ。わあわあ、シャウラのテキーラサンライズだよね。それもおいしそう、次お願いしようかな、というか、作ってみたい!」
「指導しますよ」
「やったー!じゃあ、最愛のダーリンに、プロージット!」
「この世で一番愛おしきゼロ様へ、プロージット!」
かちん、とグラスを重ねた。
一口飲んでみる。さすがバーテンダーだっただけはあって、最高に美味しい。
「すごいなあ、シャウラはかっこいいし、なんでもできるし、やさしいし」
ぼんやり呟く。素直な感想だったのだけど、彼を大いに照れさせてしまった。そっぽを向いてテキーラサンライズを呑んでいる。
「綺麗なお顔、みせてよ」
「そう言われて、はいという人は余程のナルシストか変態です」
「じゃあいつものお顔、みせてっ」
ぼくが無邪気に甘えて寄りかかると、そっと髪を撫でてくれた。
「あ、王子の作ったショコラのマドレーヌ、とっても美味しいです!一晩置いたからかしっとりしててますます絶品になってます!やられた!」
「シャウラのレモンのマドレーヌもとっても美味しいよ。エルダーフラワーとマーマレードのジャムもつかっていたよね!」
「観察眼が素晴らしい」
「これからも一緒に、色んなものを作ろうね。シャウラには教わることだらけだと思う。飲み込みの悪いぼくだけど、どうぞよろしくお願いします」
「勿論ですとも。次は何を作ろうかなって思うだけで楽しくなっちゃいます。こちらこそ、よろしくお願い致します」
そう言って二人でくすくす笑い、自然と軽くキスを交わしていた。
「あーあ、もうレティクル座についちゃうよ!!やだやだ」
「ちゃんとおうちに帰りましょう、そこまでが遠足です」
「側近の仕事は嫌じゃないの?」
「きょうは王子ががんばって千人以上裁いたということで、ゆっくりできます。ありがとうございます」
「それならよかった。じゃあ次の遠足はYOKOHAMAで指輪を買おうね。スケジュールはどうなってる?」
手帳を取り出し、ぺらぺらとめくっている。
「明日は日の出ている時間はお休みで、夜中、トト様と流星集めの儀式に参加することになっています。ひるまにYOKOHAMAに出かけましょうか」
ぼくはげんなりしてしまった。体をシャウラに少しあずける。
「いやだなあ、トトと仕事するの。流星集めなんて、いちばん嫌いな仕事だよ。まあ、トトとは、遊ぶのは楽しいんだけどね。だけど、午前中に指輪を買いに行く!それは楽しみにしてる」
それならば、と前置きして、シャウラがふわりと笑う。
「ホットショコラをつくりますよ、シナモンとキューブのチョコレートをうかべたものを添えて」
「それならやる」
シャウラのホットショコラは本当に美味しい。魔法がかかっているとしか思えない味だ。
「きみ、やっぱり亡者向けのお店を開く可きだ。きっと大盛況だよ」
「これらは、王子のためだけに作っているのですよ」
「もう!シャウラ!なんて愛おしいんだろう!」
ぎゅっとだきしめる。良い子ですね、と、やさしいバリトンボイスで囁かれ、ぼくはのぼせ上がってしまった。
そのままごろんと寝っ転がる。
「今日のティータイムには、カルピスを作って欲しいな」
「いいですよ、あれは薄めるだけですし簡単です」
そんな話で盛りあがっていたら、方舟がドッグにたどり着いた。
「本当にかっこいいなあ、この方舟もだけど、作ったシャウラが一番かっこいい。誰にも見つからないように、よく作りあげたよね」
「カクテルを作るのと、プログラミングだけは得意です」
「ほかにもいっぱいできることあるじゃないか」
ぼくはふたたびほっぺたをふくらませてみせた。
「拗ねないの!」
「はぁい」
午後はのんびりまったり、二人だけですごした。トトやいちいちうるさいほかの側近たちに見つからないように……はらはらしたけどぼくの自室でちょっといけないこともした。
レティクル座の王子として、試験管の中で育ったぼくは、これから本当の愛を知っていく。

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