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謎の電話と座りの悪い話

大学一年の終わりだったと思う。
夜の九時すぎ、いきなり携帯が鳴った。知らない番号だった。
「ねえ。覚えてる?」
声の主はいきなりそう言った。
「どちらさまですか? ごめんなさい。声で分からなくて」
声には全く聞き覚えがない。
最初はイタズラ電話かな、と思った。
でも、酔っている様子はない。
そもそも、夜に女の人から電話がかかってくるほど、親しい女友達なんて、当時いなかった。当時の俺は童貞を捨てたばかりで、女の子の知り合いは貴重だったはずだ。
つまり女子の声は忘れようがない。
声の主は「まふる、でしょ?」と俺の名前を言った。
それから、俺が行っていた所沢の居酒屋の話とか、犬の話であるとか、個人的に仲がいいやつしか知り得ない話をした。
「ええと、大学の友達?」
「全然違うよ」と呆れた声で彼女は言った。
「わからない、ごめん」というと、ちょっと怒ったような声で「まだわからないの?」という。
「ごめんなさい」と謝るしかできない。
すると、はぁ、とため息をついて彼女は言った。
「まあ、いいけどね。あのさ。分からないなら電話切るけど、一つだけいい? 先月のことだよ」
「先月?」
「知らないところに勝手に入るのってね、泥棒と同じだから。そういうの、辞めた方がいいよ。すごく感じ悪いから」
 彼女はそう言って電話を切った。

唖然とした。
意味がわからない。そんな趣味なんてないし、誰かの家に行くこともない。
僕は酒が飲めないから、酔ってどうこうもないし、記憶障害でもない。
その後もそういう異常な出来事はなかったから、そういう病気ではないと思う。
気味が悪くてその時の携帯の着信履歴も消した。
それから、モヤモヤと考え、最後の言葉を思い出した。

先月のこと、か。
変わったことと言えば、ちょうどM集落という廃墟に行った。
その廃墟に行ったメンバーというのは、大学の友達ではない。
N君という芝居を当時やっていた時に知り合った人で、廃墟にふらふらと行くのが趣味だった人だ。
その廃墟は、山の中にあり、あちこちの建物がなんとか形を残して存在している。
中に入ったが、昭和の最初の頃の教科書とか、その時代のものがそのまま残されていた。

部屋に勝手に入る、というのが、もし、廃墟の建物なのだとしたら?
じゃあ、その時のメンバーの誰か?
いやいや、と思う。
その時のメンバーはN君が集めた人で、彼らとは僕の話を全てするほど親しかったわけではない。
普通に廃墟に行って、それで帰っただけ。
だからその時のメンバーではないし、そのメンバーで僕の電話番号を知っているのは集落に連れて行ってくれたN君だけだ。
N君にも僕の生活スタイルやら、過去の話はしていない。

あれは一体、誰だったんだろうと思うし、当時の僕の知り合いの女友達で、そこまで手が込んだイタズラをする人も多分いない。
でも、霊というのも釈然としない。
あんなに霊とは、はっきりと話すものだろうか? 
もっと呪怨みたいに、「うう、うううう」みたいに話すようなもんじゃないのか?
民俗学者の柳田國男が訪れた集落ではあるらしいが、そこで亡くなった誰かがあんなはっきりと話す? 
着歴もあったのに?
よく聞く怖い話では、そういう携帯番号って液晶の文字がバグってたりするじゃない?
ちゃんと数字が出ていたよ。
掛け直したらわかったのだろうか?

自分の中でいまだに意味がわからなくて、座りが悪い話なのだ。
偽記憶という言葉がある。
実際には体験しなかったのに、体験したと脳が錯覚しているアレだ。
だから、もしかしたらこれは偽記憶なのかも、とか思い込んで自身でずっと疑っている。
最初からそんな電話なんてなかった。
女の子から電話があったら嬉しいと思って作り上げた妄想なのかもしれないし。
でも、あの時の声、結構覚えているんだよな。
霊じゃないなら、ありもしない出来事を組み立てた脳が怖いってことになるんだよね。



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