フィッティングパーツ ①
前回、フィッティングパーツに使われる材料のお話もしましたが、ペグとかテールピースとか、バイオリンを演奏出来る様にするために必要なパーツたちを総称してフィッテイングパーツと言います。
現在の楽器製作家(楽器メーカー)は、専門メーカーが作ったほぼ出来上がったフィッティングパーツを購入し、加工して楽器に組み付けている場合がほとんどです。
ところがこれは近年の事で、18世紀頃までは製作者がフィッティングパーツなども含めた、バイオリンに関するものはすべて自分で製作している事のほうが多かったようです。
厳密には製作者の弟子たちが作っていた事のほうが多かったのでしょうが、ともかくその製作工房で弓やケースまで含めたすべてのものを製作していたようです。
なぜこんなことがわかるかというと、ストラディバリが使用していた工具などの遺品に彼の工房で作っていた楽器にまつわるものの未完成品やテンプレートも多数残っているからです。
左側の3つはつまみのところを平らにしていない製作途中のものだということがわかる。
テールピースのテンプレート
駒のテンプレート
ケースの金具用テンプレート
弓のヘッド部のテンプレート
ともかく、それぞれの工房で製作していた各パーツは20世紀初頭には専門メーカーが現れて、それらを使うことが当たり前となり、種類や素材で様々なものを今日は使用しています。
ということで、これから3回に分けて各パーツについて説明していこうと思います。
ペグの形
まずはペグです。
ペグは弦を巻きつけて弦の張力を変化させることによって調弦する部品で、大きく分けて手で動かすツマミ部分と、弦を巻きつける部分があります。
ペグ
そして、楽器に組み付けるときには弦を巻きつける部分を削って太さを楽器の穴に合わせ、ペグボックスから余分に飛び出した部分は切り取る必要があります。
そのため、自分の楽器のペグを交換したいからといって新品のペグを購入しても、そのままでは取り付けることすら出来ません。
その上、ペグを組み付ける時にはペグシェーパーという専用の工具が必要となりますので、木工作業に自信があるだけでは出来ません。
ペグシェーパー
ペグの弦を巻きつける部分はすべてが同じ直径の棒ではなく、少しづつ先細りになる様に作ってあります。(これを「テーパー」をつけると言います)
大体1cmの直径が10cm先で7mmになるくらいの僅かな変化を均一につけてあり、そのおかげでペグを押し込むとペグが楽器の穴を押し広げるような力がかかり、摩擦でペグが動かなくなるように出来ています。
テーパーのイメージ
ペグを均一なテーパーで削る「ペグシェーパー」という工具が必要なように、穴を均一なテーパーがつくように削る「ペグリーマー」と呼ばれる工具もあります。
ペグリーマー
この工具を見ると、先が細くなるように作られているのがわかります。ペグはこのテーパーに合わせて組み付ける必要があるのです。
ペグが回って止まるには
ところで、皆さんもペグが止まらないときは押し込んでいますよね?
押し込んで止まるのはペグとペグ穴にテーパーがついているからなのです。
この部分は厳密にペグ穴と弦を巻きつける部分が同じテーパーになるように削らないといけないため、ペグシェーパーといった専用の工具が必要ですし、その工具の仕立ても厳密に行っていないときちんと「回り・止まる」ペグにはなりません。
ちょっと想像していただいたらわかるのですが、ペグがよく回るけれども止まらない、あるいはよく止まるけれども回らないといった場合は調弦が出来ません。
ペグが「トゥルン!」と空回りして弦が緩んでイライラした経験はありませんか?
ペグが「回る」と「止まる」は相反するものなのですが、そこをうまく両立するように組付け・調整することを製作家や修理人は心がけています。
ペグの修理
さて、このペグは長年使用しているとうまく合わなくなって止まりにくくなったり、回りにくくなってくることがあります。それは材料が木材である以上、弦の張力や穴との摩耗によって弦を巻きつける部分または穴が変形し、ペグ穴とペグのテーパーが合わなくなってしまうためです。
そんなときにどうするかと言うと、実はきちんとなおすにはペグの交換以外には無いのです。
「そんなんペグを削ったり穴を削ったりすればええやんけ!」
と思われるでしょ?
でも少しの変形、本当に本当のちょっとの変形ならなんとか削ってなおすことも出来ますが、ほとんどの事例ではまず無理です。
それはなぜかと言うと、簡単に言えばペグの長さが足らなくなってしまうからなのです。
ペグのテーパーは1cmの直径が10cm先で7mmになるくらいの僅かな変化です。この僅かな変化のために、わずかに削ってもペグが穴に合う位置が大きく変わってしまうのです。
どれぐらいわずかかと言うと、単純計算で0.1mm直径を小さくすると、ペグの長さは3mm変わることになります。
ペグがペグボックスの壁から出ている長さは大体12mm前後ですから、3mm長さが変わると結構短くなります。
E線のペグの直径を0.1mm削った時のペグの位置の変化の例
しかも、0.1mmしか削らなくて済むなんて事はほとんど無く、0.3mmくらいは削らないとまず合うようにはなりません。そうすると、ペグが出ている長さは3mmしかなくなってしまいます。
流石にこれでは短すぎます。もしかしたらグッとペグを押し込んだらツマミ部分がペグボックスの壁に当たって傷をつけてしまうかも知れません。
当たるだけならまだしも、もしペグが止まらなくなった時にはもうそれ以上ペグは入りませんから、それ以上押し込んで摩擦を作ることができず、完全に機能しなくなります。
この様に、きちんとなおすにはペグの交換しか実質対応出来ないのです。
我々技術者がペグの調整を行うときは、まずはペグコンポジションという潤滑剤や石鹸とチョークなどを使って回り具合を確かめ、調整します。
その上でうまく行かないのが少しの変形のようならサンドペーパーなどを使ってペグを削って穴との当たり具合をなおします。
そして、それでもうまく行かないときはペグの交換を提案します。
つまり、まずよっぽど「ペグの長さに余裕がある」などではない限り、ペグシェーパーでは調整はしません(というか出来ません)
しかし心配はご無用です。
きちんとフィッティングされた楽器のペグが本当にうまく合わなくなるのは数年~十数年(場合によっては数十年)かかりますから、滅多なことではペグを交換しないといけなくなる事はありません。
逆を言えば、買ってすぐにペグが止まらなくなるようならその楽器はきちんとフィッティングされていない不良品と言えます。
良心的なお店なら無料でなおしてくれるはずですし、当工房製の楽器を購入して頂いたなら、私だったら5年経っていたとしても無料でペグを交換します。
ところで、ペグの調整でペグ穴はほとんど触りません。
それは楽器本体をいじるのは消耗部品ではどうにもならなくなった時だけだからです。
ペグは交換すれば新品同様に出来ますが、楽器本体はそうは行かないからです。
修理・修復の大原則は「オリジナルを尊重する」ですので、滅多なことがない限り楽器本体をどうこうすることはありません。
ペグの種類
ではペグの具体的な種類について見ていきたいと思います。
ペグは弦を巻きつける部分は基本どれも一緒なのですが、つまみの部分でデザインが様々にあります。
それらは昔から様々なタイプが作られていたようで、おそらくは納入先や楽器のグレードに合わせて、貴族の受注した装飾楽器には装飾的なペグを、一般楽師用や修道院などへは簡素なタイプのペグを取り付けていたのではないでしょうか。
現在は「ジャーマン(スタンダード)モデル」「フレンチモデル」「スイスモデル」「ヒル(イングリッシュ)モデル」「ハートモデル」などといった一般モデルと、特別に装飾が入ったモデルがあります。
©DICTUM German Model, Ebony, Violin 4/4
©DICTUM French Model, Ebony, Violin 4/4
(ジャーマンモデルよりつまみが広い)
©DICTUM Swiss Model, Ebony, Violin 4/4
(ジャーマンモデルよりつまみの縁が薄い)
©DICTUM English Model, Ebony Pin, Ebony, Violin 4/4
©DICTUM Heart Model, Horn Trim, Ebony, Violin 4/4
「ヒルモデル」という名はイギリスで最も有名なバイオリンディーラーであるヒル商会が作り出したモデルだからと言われます。
また、ジャーマン・フレンチ・スイスモデルには、つまみの頂点にそれぞれの飾りを設けているものもあります。
©DICTUM 左からパールアイ・パリジャンアイ・菱形象嵌(ダイヤ)・金冠 の飾り
これらが黒檀やローズウッドなどの素材別でも作られていますし、ハート・ヒルモデルはつまみと弦を巻き取る部分の境目にある飾りなども違う素材の飾りをつけたりしますので、一般モデルだけでもかなりの数の種類が存在することになります。
そして、TempelやBogaro & Clemente等といったメーカーが作っている装飾ペグがあります。
© Tempel Feine Bestandteile
これらはご想像のとおりに高価です。
そして、元々はメトロノームメーカーだったドイツのWittner(ウィットナー)というメーカーが作り出した「ファインチューンペグ」という機械式のペグもあります。
© Wittner Fine Tuning Peg, Plastic, Violin 4/4 - 3/4
このペグは楽器に合わせて完全に固定して取り付けられるため、押しながら巻く必要も無く、つまみを回した角度よりも少なく弦を巻き取るのでテールピースにつけるアジャスターのように調弦できます。
発売当初は黒いプラスチックのものしか無かったのですが、今はローズウッドの模様にしてあるつまみのものもあります。(色だけで素材はプラスチックです)
そしてなんと、1/2と1/4にも対応した大きさのものもあります。
また、Perfection pegsという、ファイチューンペグと同様のものもオーストラリアのメーカーが作り出しています。
Perfection Planetary Pegs
こちらはつまみ部分が普通のペグと同じ木材で作られているものもあります。
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このように、ペグは様々なタイプのものがあります。おそらくフィッティングパーツの中では一番種類が多いのではないでしょうか。
機能による違いはファインチューンペグのような機械式以外はすべて大きくかわりません。
素材がボックスウッドのものは若干柔らかいので、楽器への負担が少ないということでよくオールド楽器に使用されると以前お話しましたが、それでも黒檀のペグを使用しているストラディバリウスも存在しますので気にする必要は無いと思います。
楽器に対する負担に関してはきちんとフィッティングされているかどうかのほうが重要です。
また、「重いものを使用するほうがはっきりとした発音になる」とも言われますが、体感出来るほど変化があるかどうかは楽器による相性などもあり、断言できません。
なので、ペグを選ぶ際に最も重視するべき点は「好み」だと思います。特に「つまみがしっかり平らなものが良い」とか、あるいは「膨らみがある方が良い」などの手触りに気を配ったほうが良いでしょう。
あとは「見た目で高級そうなものが良い」とか「形が気に入っている」とかになります。
多くの高級な楽器にはハートモデルやヒルモデルがよく使われていますが、決してその他のモデルの程度・品質が低いというわけではありません。この辺は「バイオリンの銘木たち」で「良心的な販売店は高価なフィッティングパーツをセッティングすることで楽器の価格を釣り上げるようなことはしませんし、性能が同様で品質が良ければインド産や中国産も使用します。」と言ったのと同様で、フィッティングパーツのモデルの違いだけで楽器の良し悪しは語れません。
ハートモデルを使用して楽器の価格を釣り上げる楽器店があるのも事実ですので気をつけましょう。
出典・参考文献
Fausto Cacciatori 監修:Museo del Violino 出版:「Antonio Stradivari / disegni modelli forme」
More than Tools|Dictum
Tempel Feine Bestandteile
Perfection Planetary Pegs
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