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楽器の選び方

今回のお話は楽器(バイオリン族)の選び方についてです。

私はどちらかといえば選ばれる側にいますので、無意識に都合のいい話になっているかもしれませんので、まあ、話半分で聞いてください。

楽器選びで大事な事

皆さんは楽器を選ぶ時、どうしていますか?

楽器店に行って、予算に見合う楽器を見繕ってもらって、試奏して、店員さんや先生や友人などにアドバイスを貰いながら良さそうなものを選ぶ・・・

こういった感じだと思いますが、その中で一番重要で見落としてはならない事があると私は思っています。

それは 自己満足度 です。

完全に満足の行く楽器を手に入れることは不可能でしょうが、楽器を選ぶ前にそれがどのくらいまで満たされるべきかをしっかり考えておいたほうが良いと思います。

店員さんや友人、先生に勧められたとしても、自分が満足出来ないものは、後悔することも多くなると思います。

そして、後悔するとどうなるかと言うと、返品や買い替えたくなるものですし、ひどい場合は演奏するのも嫌になってレッスンをやめてしまうかもしれません。

それは私のような売る側の者としても嬉しくない事態です。

極端な話、売る側としては世に出てしまえば、楽器を誰がどの様に扱おうが知ったこっちゃない話ではありますが、やはり時間をかけて製作した楽器は、長く大事に使用してもらいたいものです。
(返品は経済的にも避けたいですし。)

なので、私はお客様が楽器を選ぶ時に強く勧めることをしません。

正直、セールストークが苦手と言うこともありますが、短絡的に儲かれば良いとも思っていませんので、なるべくお客様が必要とする理由や大事な点を聞き出した上で、提案するように心がけています。

ということで楽器を選ぶ時に最も重要なことは、

自分が何に最も満足する必要があるかを自覚し、それに満足できる楽器がないなら買わない

ことだと思います。

安いものなら諦めもつくかもしれませんが、それでもバイオリンは安くて数万円しますから、決して安い買い物とは言えないと思います。

その上で、最も自分を満足させてくれる楽器を選ぶわけですが、完全に満足のいく楽器はまず出会えませんので、どこかで妥協します。

そのように大多数の方が妥協しなければならなくなる大きな原因の一つが「価格」です。

楽器選びにはいろいろな要素があると思いますが、価格は判断材料のうちでもかなり重要な項目です。

では、楽器は価格によって何が違うのか。

それを説明する前に、どこで購入するべきかについて知っていただくことが、楽器の価格について知る土台となることなので、話させて下さい。

どこで購入するべきか

よくネットオークション等では弦楽器専門店よりも破格に安い楽器があって魅力的に思えたりします。

しかし、個人売買やネットオークションなどの専門家を介さない売買は、本来するべきではない未修理・未調整というコスト削減をしているため、破格の安さで提供している場合が多い、ということを知っておいてください。

専門家がチェックしていない楽器は故障を見逃されている場合が多く、その上必要最低限の調整がされていない事も多いので、後で様々なトラブルが起こる場合があります。

よくある見逃されている故障としては、響板の剥がれやネックの角度が低くなって弦高が高いもの、指板剥がれ、駒曲がり、上ナットや駒の弦溝が食い込んでいるもの、表板のテールピース下や指板下の割れ等々があります。
(もちろんこれ以外にもたくさんあります)
また、見ただけではわからないバスバー剥がれなども稀にあります。

その上、数万円の低価格のバイオリンや、フランスやドイツの50年くらい前の安くて古い工場製品(専門店なら30万~50万円くらいで販売されているようなバイオリン)は、ネックが楽器に対して真っ直ぐ仕込まれていないものが当たり前で、まっすぐ仕込まれているものは過去に修理されたか、奇跡といっていいくらい稀です。

また、素人仕事で修理されている楽器を幾度か見たことがありますが、もし素人が修理してしまった部分はきちんと修復するには通常の修理以上になおさなくてはいけない部分が増えるため、数千円で済んだものが数万円かかる場合もあります。

そのような状態の楽器が、専門店よりも安く手に入るからと言って安易に購入すると、後で修理に多額の費用がかかってしまうのです。

また、こんなことを言うと怒られるかもしれませんが、

「演奏を教わっている先生から買わされた楽器がひどい状態だったので、修理に多額の費用がかかった」

という話はいまだにあります。

弦楽器専門店は、不具合を事前にチェックして修理・調整をしているから割高なのです。

個人売買やネットオークションでの購入が絶対悪いとは言いません。しかし、未修理・未調整の楽器は購入後の修理代や消耗品の交換によって正規販売されているものよりも費用がかかってしまう場合があるというリスクを十分納得した上で購入してください

そういったリスクが嫌な人や、楽器の見立てに自信の無い人は弦楽器専門店で購入するのが一番安心です。

また、お世話になっている先生からの話はなかなか断りきれないでしょうが、なるべく購入前に専門店でチェックしてもらうようにすると安心できるのではないでしょうか。

前置きが長くなってしまいました。

では、本当に楽器の価格についてお話したいと思います。

楽器の価格 -音の良し悪しと価格-

店頭に並んでいる楽器の価格は基本的には「仕入れ値」の何割かを上乗せして店頭価格にしてあります。

その上乗せしている金額すべてがお店の利益というわけではなく、店舗維持費や修理費・調整費、店員の人件費などを差し引いて残ったものがお店の利益となります。

そして、楽器の価格の元となる「仕入れ値」は一般的にその楽器の製作精度やメーカーで変わります。
特に勘違いしないで頂きたいのは、音が良いから価格が高くなっているわけでは無いことです。

工場や個人製作家、そして過去の偉大な製作家を含め、どんなメーカーであっても同じランクの楽器には個々に音量や音の良さのばらつきがあり、例外的にとても良い音がするものも時にはあるのですが、だからといって良い音がする楽器だけ高価にすることはないのです。

極端な例を言いますと「スズキNo.330の新品でストラディバリウスに匹敵するぐらい音の良い楽器があったとしても、1億円で販売して良いはずがない」ということです。

確かに、高価な楽器は音が良いことが多いのですが、それは製作精度が高かったり、メーカーに独自のノウハウがあることで高確率で良い音の楽器があるだけであって、楽器の価格は音の保証をしないのです。

ですので、もし純粋に音が良い楽器を望むのなら、楽器の製作精度やメーカーのブランド、つまり価格にとらわれることなく、とにかくたくさんの楽器を試奏して自分の気に入る楽器に出会うまで気長に探し続けるのが一番良い方法です。

でも、「過去のバイオリンは同じ製作家の楽器でも価格の差が大きいものもあるではないか!」

という方もいらっしゃるでしょう。

ですが、そこは「骨董価値」による価格差で、音の良し悪しではないきちんとした理由があります。

「骨董価値」とは古美術品や希少性のある古道具につけられる価値のことで、古さ・希少性・人気・真贋などで差が出ますが、同じ作者であった場合でも保存状態や過去の持ち主が有名人であったなどの付加価値で価値が変わります。

2017年にオークションで落札されたA・ストラディバリ作の楽器は約240万ドル(日本円で約2億7000万円)で落札されましたが、その6年前の2011年に日本音楽財団がチャリティーオークションで出品したA・ストラディバリ1721年作のバイオリン・通称”Lady Blunt”は、歴代最高額の約1580万ドル(日本円で約12億6000万円)で落札され、10億円ほどの差がついています。

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Antonio Stradivari 1721 "Lady Blunt"

このLady Bluntはストラディバリウスの中でも保存状態が最も良いものの一つとして知られており、製作された当時の様子をほとんど残している希少な楽器です。

ストラディバリウスでおそらくLady Bluntと同様の保存状態の楽器は1716"Messiah"ぐらいしかありません。

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アシュモレアン博物館に展示されている「メシア」

Messiahはイギリスのオックスフォードにあるアシュモレアン博物館に収蔵されている楽器ですから、今後売りに出されることは無いでしょう。

つまりこれほどの楽器が手に入る機会はおそらく今後訪れないか、あっても数十年後か数百年後に同じLady Bluntが売りに出される時しかないわけですから、当然買い手は頑張ったと思います。

また、東日本大震災のためのチャリティーオークションでもあったので、慈善的意識もあり価格が跳ね上がった可能性もあります。

このように純粋に保存状態やその他の要因によって生まれた価格差であって、この価格差に音の良し悪しはありません。

これは極端な例のように思われるかもしれませんが、バイオリンのオールドやモダン楽器では同じ作者の楽器で落札価格が一桁違うものは良く見受けられます。

この一番大きい要素は保存状態であり、それ以外の要素でも価格差が生まれることはありますが、音の良し悪しは絶対に入る余地が無いのが業界の常識です。

ですから、オールドやモダン楽器で「同じ作者なのに価格が違うのは音が良いからだ」と説明するお店があったら気を付けて下さい。

実は保存状態が良いからであったり、音を良くするために調整に時間をかけていたりするという場合もあるかもしれませんが、それならそのように説明するべきであり、そこの説明を端折って「音が良いから価格が高い」と言ってしまう業者は危険であると思います。

特に古い楽器の価格は「時価」であり定価はありません。相場はあっても保存状態などにより価格は大きく変わるので、売るお店にすべての価格決定権があります。

音の良さは主観的で個人差がありますので、「音が良い」などというあいまいな要素で価格を決めてはいけないのです。

「音が良いから価格が高い」などという業者は、相場よりも高く売りたいがために売る側が印象だけで価格を高くしていると言っても過言ではありません。

そんな楽器を買ったら、本来払わなくても良い分まで余分にお金を払わされることになります。

弦楽器専門店と言えども玉石混交です。最もよい楽器の選び方は信頼できる楽器店を見つけることにあるのかもしれません。

私もそのことは肝に銘じています。

さて、ではより具体的に新作楽器の価格の決め方、特に工場大量生産品はどうしているのかお話します。

楽器の価格 ー工場大量生産ー

「店頭に並んでいる楽器の価格は「仕入れ値」の何割かを上乗せして店頭価格にしてある」とお話ししました。

つまり、楽器の価格はほぼ「仕入れ値」によってどんな価格にするか決まります。

では、お店が価格を決めるうえで元となる「仕入れ値」は各メーカーでどの様に決めているのか、まずは工場大量生産製品から見ていきましょう。

日本円でだいたい100万円以下、特に50万円以下の楽器はみなさんもご存知のとおり、工場で大量生産されたものが殆どです。

ただし、工場製品の楽器だからといっても、その多くが手作業(ハンドメイド)で作られています。

これは、楽器を作り上げる工程が複雑で多岐にわたるため自動化しにくいのと、自動化するには設備投資が莫大になってしまうので導入しづらいためです。

最近は加工機械の低価格化が進んで、響板やスクロールの荒取りくらいは行っている工場が多くなりましたが、それでも最終的には人間が表面仕上を行う必要がありますし、接着作業は人が行う必要があります。

それでは個人製作家が作る楽器と何が違うのか。それはコスト削減の方法です。

自動化が出来ない以上、コストを押さえるのは単純に人件費を押さえるのが最も有効です。そのため、他に比べて低い賃金で人を雇える地域に工場を建設し、現地の人を雇うことでコストを削減しています。
さらにこれは工場維持費(家賃・光熱費代等)の削減にもつながります。

現在では東欧や中国での生産が中心になっていましたが、中国・東欧はもう人件費の安い地域ではなくなりましたから、今後はもっと人件費の安い地域へ移っていくか、自動化が進むでしょう。

そして、先程もお話したとおり楽器製作には複雑で多岐にわたる工程があるために、質の良い製品を生み出すには作業員の教育が重要です。しかし、人件費を押さえるためには教育期間も短くする必要があります。

例えば、バイオリン作りを1から全て学ぶとすれば、複数回作り上げる訓練を最低1年位行う必要があります。

そこで、各工程を細分化し、一つの作業だけを一人あるいは数人の作業員が仕上げる方法にすることで、訓練期間を短くすることを可能にしています。
つまり、バスバーの加工・取り付けだけを学ぶのであれば1ヶ月も必要なく、短い期間で熟練工が教育できるわけです。

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20世紀初頭のミルクール(フランス)にあった工場の様子

他にも、大きな資本で大量に材料を仕入れることで、1つの楽器にかかる原材料費を押さえたりするなど、個人製作家では出来ないコスト削減も行っています。

この様なコスト削減により、大量生産工場では安い楽器を提供しています。

しかし、ここだけ聞くと工場製品の方が安くて質の良い楽器が多そうですが、実はそうではありません。

通常の工場ではさらなるコスト削減のために、事前に価格を決めてそれに見合った作業時間と材料で製作するようにしています。

そうすると安い楽器になればなるほど作業に使う時間が限られるため、製作精度が十分ではなくても次の作業に回さなければいけなくなり
「低価格=質の低い楽器」が生まれることになります。

これが大量生産楽器が価格が低い理由であり、低品質だと言われる理由です。

逆に工場生産であっても、各作業に十分時間をかけて質の高い楽器を生み出すことを行うと、それにかかったコストが高くつくために、結局のところ個人製作家が作ったものと同じような価格になってしまいます。

さらには以前、「大量生産楽器と手工芸楽器」でお話ししたように、大量生産楽器では作業員の多くが「決められた品質以下にしない」ようにするだけなので、「船頭多くして船山に上る」ようにちぐはぐな楽器が生まれやすい状態になっているのも個人製作家の楽器に及ばない理由です。

ですが、すでにお話ししたように音が良い楽器を求めるだけなら工場大量生産品の安い楽器からでも見つかる時があります。

ただし、バイオリンなら初心者用ではない、最低でも20万円以上のものを弦楽器専門店で購入するほうが無難です。

初心者用と銘打って販売している楽器は20万円以下の低価格の物が多いですが、信頼できる専門店でもコスト削減のため「とりあえず演奏できる状態」に調整を行い、音は二の次ですのであまり期待はできません。

(だからといって20万円以上の楽器が音調整までやっているとは限りません。あくまで「とりあえず演奏できる状態」以上の、より理想的な調整を行っている可能性が高くなるだけです。)

その上、あまりにも安い楽器は必要最低限の調整がされていない、あるいは楽器自体の製作精度が低すぎて、後で故障などのトラブルが起こる場合があります。そしてなにより、大幅な修理を行った場合、音が変わる可能性も否定できません。

私の経験上、特にネックの仕込み角度が低くなってしまう症状が低価格の楽器に多く見受けられます。これを修理すると楽器の状態も大きく変化するので音も変化する可能性が高くなります。

また、その修理を行う段階で魂柱は間違いなく倒れるので、同じ音になるように元あった場所に0.01mm単位で立てることはほぼ不可能ですし、駒も変わる可能性がありますので、音色・音量などが変わる可能性が高い、というより間違いなく変わるでしょう。

そして、これを修理するには数万円かかる場合がほとんどです。

では、修理後に納得いくまで音調整を行ってもらえば良いかもしれませんが、お店によっては調整だけで数万円の費用がかかります。

きちんとした弦楽器専門店で購入するなら購入後1年位は保証してもらえるのが一般的なので、保証が切れる前には必ず点検してもらって、直してもらえば良いですが、価格が数万円の楽器であったなら音調整まではしてくれないと思います。
なぜなら初めから「音は二の次」で調整を行っていますので、音調整までは元々の価格に含まれていませんので、保証外でしょう。

ここまで聞くと「結局金額の問題じゃん」と思われると思います。

確かにそうです。20万円と言ったら家電や家具なら高級品が買えます。

決して安い額ではないのですが、バイオリンに関しては製作がほとんど手作業で行うしか無いため、人件費がどうしてもかかり、価格が高くなってしまうのです。

なぜ人件費がかかると価格が高くなるのか。

次はその辺も含めて、個人製作家の楽器がどうして100万円前後、あるいはそれ以上の価格で販売されているのかをお話します。

楽器の価格 -個人製作家-

バイオリンが高いのは人件費が高いからなのですが、

じゃあ、バイオリンにかかる人件費がどれくらい高いのでしょう。

ここでは例として「もし今の日本で製作したら」と考えてみましょう。

1日8時間労働だとして、バイオリンが出来るまで作業精度を低くして端折ったとしても、のべ日数は10日くらい必要だと思いますので、8×10=80時間。

日本の時給はだいたい1時間¥1000くらいですから単純計算で¥80,000となります。

これは訓練を受けていない人がもらえる最低賃金ですが、専門技術を持った人ならもっと高額になります。ちなみに、技術が低い人では2倍どころか作業によっては10倍以上作業時間が必要になりますので、のべ10日で完成させると演奏できるバイオリンにはならないでしょう。

しかもこれは設備投資や工場維持費、材料費、経理や営業の人件費なども含まない上に「仕入れ値」です。実際にはこれに加えて数割かを上乗せして店頭に並びます。

どうですか?なかなか高額になりますよね。

でも、楽器を作った作業員は決して高い賃金をもらっていませんよね。

本当の工場では作業の効率化や機械化が進んでいる上に、多人数で各作業を分担するので専門技術は限定的で容易、つまり賃金における技術料は低く出来ます。その上賃金の低い地域で製作されているので、もっとコスト削減出来るでしょう。

それでも末端価格が数万円の楽器がどれだけ作業精度を削減して製作しているのかがわかって頂けると思います。

それでも、個人製作家の楽器は100万円前後するのは高いのではないかと思うかもしれません。

では、なぜ個人製作家の楽器が高いのか

これも間違いなく人件費が高いからなのですが、それでも工場製品と比べれば高いです。

なぜなら、高度な技術を持っている製作家が賃金の高い地域で楽器を作っているからです。

じゃあ、なんで賃金の高い地域で製作するのか。

個人製作家のいる地域はヨーロッパ、とりわけイタリア・フランス・ドイツ・イギリスなどですよね。他にも日本や韓国、そしてアメリカ合衆国など、いわゆる先進国が圧倒的に多いです。

これは、高度な技術を学ぶためにはそれなりに裕福な人でないと学べないといった背景があります。

「え!じゃあ製作家はお金持ちなのか?」

と思うかもしれませんが、私を含む製作家たちの住む先進国地域ではそんな事はありません。

しかし、世界規模で見ると間違いなくお金持ちの人たちです。

なぜなら、バイオリン製作を教えている製作学校がある国はイタリア・フランス・ドイツ・日本・アメリカ合衆国など、物価の高い先進国に偏っているからです。

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濃い赤色になるほど物価が高い国(2017年)
MouveHub "The Cost of Living Around the World in 2017, Mapped!"より

つまり、物価の高い地域で数年間の学生生活をする経済力がないとバイオリン製作の方法を学ぶことが出来ないからです。

その上、各国からそこで学ぶ学生がやってきますが、彼らは卒業した後にどこで製作をするかと言うと、そのままその地域で活動するか、先進国から来た人は自国に帰る人が圧倒的に多いのです。
その他の国に行くにしても、求人需要のある国は結果的に物価の高い国になります。

アルゼンチンなどの比較的所得の低い国から来ている人もいますが、彼らは自国に帰ると、今いる国より稼げないことを知っていますので自国に帰ろうとしません。

また、学校によって違いますが入学に必要な最低学位があり、教育レベルがそれなりに高くない国の出身では入学すらできない場合があります。

クレモナの学校では高校卒業程度の学力があることを申請して証明すれば受講を免除される科目があるのですが、イタリアでの留学時代で中国人の同級生は大学を卒業していたにもかかわらず免除されませんでした。
国同士で学力が同程度であることを証明する取り決めが出来ていないと免除出来ないという理由のようでした。
(10年以上前の事なので現在は違うと思います)

以上の例のように、中国でさえこのようなことがあるのですから、発展していない国からでは入学すら難しい場合があるのです。

「いやいや、製作家の弟子になればいいやん」

と思うかもしれませんが、まず師匠が経済力がないとバイオリン製作を学べませんからそもそも論になりますし、上述のように自国へ帰ることもまずありません。

また、製作家が住んでいる国は同じ様に物価の高い国ですから、個人的に彼らに学ぶにしても同じように物価の高い地域で数年暮らすことには変わりありませんし、給料も生活できるほどにもらうにはそれなりに技術を持った人でないと無理ですので、全く技術の無いものがいきなり飛び込みで就職することも難しいです。

「情報が簡単に手に入る現代なら独学でも行けるんちゃうん?」

とも思うかもしれませんが、以前「バイオリン製作家になるためには」でお話したように、製作家の助言無くしてバイオリンは作れません。全く助言の無い中で作った楽器はバイオリンと呼べるものにはならないでしょう。

リモートでの助言も現物が手に取れない以上、助言になりません。

このような理由で「発展途上国にバイオリン製作技術を伝えたい!」などの特別な熱意が無い限り、個人製作家は人件費の高い地域で作ることになるのです。

そのため、楽器が高額になるのは上述の日本での例が実際に適用されるわけです。

より具体的に楽器価格が100万円としてその内訳を単純計算してみましょう。

バイオリンを一挺製作する期間はだいたい2カ月必要ですが、ニス塗り時は一日に出来る作業時間が限られるので、他の楽器を重複して製作しているのが一般的です。
なので、のべ1.5カ月必要と考えればいいでしょう。

工房の家賃を1LDK相当の間取りの全国家賃相場から見て・・・

家賃相場

家賃相場を全国で比較するため、家賃相場を偏差値として算出。
50が標準で、数字が高ければ高いほど家賃相場が高いことを示している。
しろまるライフ/全国47都道府県の家賃相場ランキングと家賃相場マップを公開!!より

平均に近い6万円とすると、

6×1.5=9万円

水道、光熱費が

エイブル光熱費の平均相場をお教えします!家族構成別に紹介|教えてAGENTより「一人暮らしの人の平均光熱・水道費は約1万3,800円」

ということですから1.5カ月でだいたい2万円、つまり

工房維持費=9万+2万=11万円となります。

材料は
表板・裏板・ネック・指板・上下ナット
に加え、ペグ・テールピース・顎当てなどのフィッティングパーツ
があります。

日本では材料はなかなか手に入れにくく、良いものを手に入れようとすると総額10万円でも難しいかもしれませんが、とりあえず10万円で。

営業などの人件費は含まないとしても、一般的に小売業者に委託した場合は2割、販売した場合は3割以上のマージン(販売額と仕入原価との差額)が発生しますので、2割として20万円

以上をまとめて、

販売価格(100)ー工房維持費(11)ー材料費(10)ーマージン(20)=59万円

この残りの59万円が製作家が稼ぐ人件費になります。

1.5ヶ月=6週間(一週間5日として)=30日、1日8時間労働として8×30日=240時間

59万 ÷ 必要作業時間(240)= 2458.33…

つまり、この単純計算では製作家の時給は2500円くらいとなります。

結構高い気がしますか?

これを基に年収換算すると

4週間(20日)×12カ月×8時間=20×12×8=1920(一年の労働時間)

時給×1920=2500×1920=4800,000 年収は480万円です。

転職・求人doda(デューダ)トップなるほど!転職ガイド平均年収(生涯賃金)ランキング年代・年齢別の平均年収/平均年収ランキング(年代別・年齢別の年収情報 公開日:2020/12/7)によると

平均年収

30代が444万円40代が510万円ですのでその中間あたりですね。

しかし、この計算では長期休みは取っていません。それに東京などの首都圏では工房維持費がもっとかかりますし、小売店に払うマージンももっとある場合があるでしょう。

ちなみに楽器の数でいくと 12(ヶ月)÷1.5(ヶ月)=8 ですから年間8挺くらい売ってる想定になります。

この計算で行くと40代には1挺100万円で8挺販売しても平均以下の収入になってしまいますね。

私はバイオリン製作家を目指してから20年が経ちましたが、製作だけではまだここまで稼いでいません。・・・頑張ろう。

このように人件費の高い地域で高度な技術を持った職人が1.5ヶ月ほどを費やして楽器を作るのですから、工場大量生産品と比べたら何倍にも高価になるのは当たり前です。

100万円前後したとしてもその職人の収入はその地域の平均程度かそれ以下である事を考えると、過剰に高価なわけでもないのです。

そして、製作家はほぼ例外無く高度な技術や理論を持って製作を行っていますから、ただ言われた事を行うだけで作り上げる工場大量生産楽器に比べれば、個人工房製の楽器は製作精度も音に関しても断然良くなるのは当たり前なのです。

コストベースとバリューベース

ここまでの価格設定は必要な経費を元にして一定の利益を乗せて価格設定する方法です。これをコストベースプライシングと呼びます。

でも、個人製作家の新作楽器で人気のある名人の手によるものだったら100万円どころか、場合によっては300万円くらいする場合もありますよね。

これはカバンなどと同様のブランドによる付加価値で価格設定されています。

手工芸バイオリンの場合、ほしい人が多くなったとしても製作精度を落としてまで生産数を極端に増やすことはしません。結果、ほしい人すべてに商品が供給されないので、より多く払える人がたくさん払って楽器を要求するようになり、バイオリンの価格は上昇してしまうです。

これをバリューベースプライシング(顧客の支払意欲を元に価格設定する方法)と呼びます。

製作精度を落とさないと言いましたが、1年に20本以上製作しているマエストロも実際にいます。でも、それは決して製作精度を下げているわけではありません。弟子に下仕事をさせて、楽器作りの大事な部分はマエストロ自身が行い、彼らしい楽器を作り出しています。

良い例がアントニオ・ストラディバリです。彼の作った楽器は現存しているもので600挺、失われたものを含めたら1000挺ほど作ったと言われていますが、もし一挺1.5ヶ月使っていたら125年かかります。
その上電動工具もない時代ですから、たった一人の一生ではそんな数の楽器を作り上げることは到底不可能です。

つまり、弟子や息子に下仕事をさせていたことは間違いないのですが、現存している楽器はすべて彼らしい素晴らしい作品になっています。

この様に製作精度を落とさずに大量の楽器を世に出すことも可能ではありますが、そこには弟子へ支払う賃金も含まれますから、結局安くなるわけではないのです。

最後に「製作家から直接買ったらマージン分を割り引きしてくれるか」と言われたらそんなことは無いのが一般的です。

なぜなら、そんな販売方法をしてしまうと小売業者に今後買ってもらえなくなるか、それ以降はマージン分を差し引いた額を販売価格にされます。

つまり先ほどの例なら、100万円ではなく80万円を販売価格にされ、80万円からマージンが取られることになりますので、直接売れば売るほど価格が下がり赤字になります。

そういった事から、直接販売をしていない製作家もいます。

楽器の選び方 まとめ

さて、ここまで楽器の価格についても詳しく見てきました。
そこで、もう一度楽器の選び方についてまとめたいと思います。

まず、楽器を選ぶ上で最も重視しないといけない事は
自己満足度が高いかどうか
です。

その自己満足は人によって様々なので
「価格が安い(高い)」でも
「良い音がする」でも
「骨董価値がある」でも
「イタリア(あるいはそのほかの地域)製」でも
「先生が勧める」でも
良いのです。

要は自分が満足することをしっかりと見極めて、目的意識を持って楽器を選んでほしいのです。

その上で、いくつか私が思いつくもので注意するべきことを挙げたいと思います

安い楽器を選ぶ

初心者用として20万円以下の楽器を用意しているお店も多いと思います。

注意すべきは、単純に安ければ安いほど楽器としての性能は低くなると思って下さい。

ここでの性能とは、弦間がそろっていないとか、駒が低い(高い)といった楽器の調整や、ネックの接着が甘いとか、響板の厚みが必要以上に厚い(薄い)とか、バスバーがきちんと作られていないといった製作精度のことです。
価格が安くなればなるほど、調整や製作がきちんとされていない確率が高くなります。

きちんと調整がされていない、きちんと作られていない楽器は近いうちに故障したり、演奏中違和感を感じて様々なストレスを抱えることになり、それを修理するとなると思った以上にお金がかかるということは知っておいてください。

また、調整されていても必要最小限しか行われませんので、望む音は期待できないと思っておいたほうが良いと思います。

良い音がする楽器を選ぶ

良い音とは、個人によって変わる主観です。
そのため、万人が良い音と認めるものは存在しません。
つまり好みです。

はっきりとした輝かしい大きな音がする楽器が好みの人もいれば、
優しく温かみのあるやさしい音がする楽器が好きな人もいます。

違う言い方をするなら、甲高くうるさい楽器が嫌いな人もいれば、
こもった小さな音のする楽器が嫌いな人もいます。

また、自分の演奏する環境も考慮に入れる必要があります。オーケストラや室内楽で演奏する機会が多い人が、音量が大きく華やかな音のする楽器で演奏すると、自分ばかりが目立ってうまく調和できないことがあります。

逆にソリストやコンマスが音量の小さく優しい音のする楽器で演奏しても、聴衆には演奏が聞こえないかもしれません。

自分がどんな音が好みで、どんな音がする楽器を求めているかをしっかりと自覚してから探してください。でないと、いらない出費や後悔をしてしまう可能性があります。

そして、価格が高いからと言って音が良いわけではありません

価格の高い楽器の方が確率的に多くの人が良い音がすると思う楽器が多いだけのことで、価格の設定はその楽器の製作者(メーカー)の人気度であったり、製作精度であったり、骨董価値などで価格が決定しています。

上述のように価格が高い楽器のほうが性能(製作・調整精度)は高くなりますが、決して音を基準に価格を決定しているわけではありませんから、「高額なので音が良い」と言うようなお店には気をつけましょう。

骨董価値がある楽器を選ぶ

はっきり言って骨董価値がつく楽器は新作楽器を含め個人製作家が作った楽器、いわゆる「マスターメード」の楽器に限ります

工場大量生産品は骨董価値がほとんど上がりません
上がるとしても100年以上かかってからちょっとずつ上がる程度です。

よく、古い楽器で30万円~50万円位でフランスやドイツの工場製品がありますが、これらはほとんど価値が上がっていないので古くてもこの価格なのです。なので、今後価値が上がっていく可能性は低いと思っておいたほうが良いでしょう。
もし、価格が上がっていたとしても、物価が上がったので見かけ上価格が上がっているだけで、価値はほとんど上がっていません。

つまり、その楽器が新作で発売されていた時は、今の物価に換算して30万円~50万円位で販売されていたということです。

そのため、そこそこの価格であっても工場製品に骨董価値はありませんし、今後価値が上がっていく可能性は無いとは言いませんが低いので注意してください。

他にも、骨董価値のある楽器がほしい方はそれなりに楽器について勉強している方が多いでしょうが、自分の知識は当てにならないと思っておいてください。

バイオリンの鑑定は信じられないほど難しいので、鑑定が出来る人・楽器の真贋を見抜ける人は世界中でも限られた人数しかいません。

彼らはあらゆる楽器やあらゆる文献を勉強し、それだけを数十年という月日をかけてやってきたおかげで、やっと楽器の鑑定・真贋の判別が出来るようになっています。

何かの片手間で出来るほど簡単なことでありません。
だからこそ、偽物が今でも横行しているのです。

また、鑑定書の有無は楽器の真贋にはなりませんので気をつけて下さい。鑑定書がなくても本物はありますし、鑑定書がある偽物や、偽物の鑑定書は数え切れないほどあります。

なお、製作者の作った証明書は信頼が出来るものがほとんどですが、その証明書がその楽器に対して本物かどうかは別の話です。

私達一般人が失敗なく骨董価値のある楽器を買うための最も有効な方法は
信頼できるお店で買うことだけです。

信頼できるお店とは、もし売った楽器が偽物とわかったら販売価格で買い取るか同等の楽器と交換してくれ、修理や調整のアフターケアが万全で、大きな破損などの特別な理由がない限り楽器を買い換える時に購入時の7割以上で下取りをしてくれるようなお店です。

ただしこの条件は骨董価値のある楽器を買った時の条件であり、骨董価値のない楽器の場合は下取り価格は2割以下になる場合もあります。(つまりは骨董品ではなく中古品として扱われます)

イタリア(あるいはそのほかの地域)製を選ぶ

オールド楽器ではイタリアン・トーンとかジャーマン・トーンと呼んで産地によって音が違うと言われたりします。

しかし、18世紀頃までのヨーロッパの主要な産地は、クレモナなどのある北イタリア地方を中心にヨーロッパの一部と呼んでも良いほど、近い位置に点在しています。

バイオリン製作地

18世紀までのヨーロッパの主要な製作地

ドイツの有名なメーカーであるヤコブ・シュタイナーの楽器は明確にアマティ・ファミリーの影響を受けており、初期にどこで修行したかがはっきりしていないのもあって、もしかしたらクレモナで修行したのではないかと考える研究家もいます。

この様に、ドイツで製作したからといってもイタリアの影響を色濃く受けている製作家も多く、必ずしも地域によって特色が出ているわけではありません

しかも、時代が下るごとに人の往来は多くなっていくので、地域による特色は今では殆ど無くなっています。
産地による音色の違いは無いと思っておいたほうが良いと思います。

しかし、イタリアに限ってはバイオリンの工場がほぼ存在しませんので、イタリア製といえば個人製作家が作った手工芸楽器になります。

ただ、これは上述の「製作家の楽器」か「工場大量生産品」かの違いになるので、生産地の違いではありませんので、意味が違います。

クレモナ、ミルクール、パリ、マルクノイキルヘン、ミッテンヴァルト、ロンドン、ニューヨークなどは楽器の情報が集積する地であったり、製作家の多い地なので、研究に熱心な製作家や、技術の研鑽に熱心な製作家が多いかもしれません。

しかし、それも確率が高いだけで、その楽器を作った人が研究熱心であるかどうかは産地とは関係ありませんから注意してください。

個人やネットオークションでの売買

個人売買やネットオークションでの売買などは、初めから故障や調整の不備があったり、アフターケアがありません。
(ネットオークションはノークレーム・ノーリターンが原則です)

楽器の修理は案外高額になりますので、その事を十分承知の上で取引して下さい。

また、大掛かりな修理を行った場合には音の変化が多少なりともあることを知っておいて下さい。

真贋などの問題もありますから、骨董価値のある楽器を買うことと同様、信頼できるお店で買うことが最も失敗の少ない方法と言えるでしょう。

最後に

購入を安易に決めず、買わない勇気も持って下さい。

もしかしたら現在持っている楽器も、きちんと調整を行ったら自分好みの音になるかもしれませんし、場合によっては気が付かないところが壊れているかもしれません。

気長に待てるのなら、まずは自分の楽器の弦を違うものにしてみるとか、松脂を変えてみるなど、少ない出費で出来ることを模索してもいいと思います。

また、音に不満があるなら楽器店で相談するのも良いでしょう。

ただし、壊れていたら「なおした方が良い」と言われると思いますが、壊れてもいないのに「絶対こうしないといけない」と修理や調整を強要するようなことを言ってくる楽器店であったら依頼するのはやめておきましょう。

相談は無料で対応してくれるものですし、依頼者が求めもしないことを強要するお店は信用できません。

それから、音調整などは繊細な調整があるために元の音に戻せない場合があります。
どんなに素晴らしい調整ができる修理人でも、「元の音に戻して下さい」と言われるのが最も困りますし、実際に元には戻せないことがありますので、そこだけは承知しておいてください。

みなさんが良い楽器に巡り会え、音楽活動を楽しんで頂けたら幸いです。

出典・参考文献
The Strad: Augusto 2014
MouveHub "The Cost of Living Around the World in 2017, Mapped!"
全国47都道府県の家賃相場ランキングと家賃相場マップを公開!!
光熱費の平均相場をお教えします!家族構成別に紹介
平均年収ランキング 最新版(年齢別の平均年収) |転職ならdoda
Wikipedia
 Lady Blunt Stradivarius
 メシア ストラディバリウス


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