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小説 | 咳をしても金魚。


咳をしても金魚。寝床で咳き込む。今日も拓の具合はよくなかった。部屋は散らかったまま。買い物にいく元気がないのか、買いにいくお金がないのか食事もあまりしていない。病院にかかるお金もないのだろう。昨日心配になって「体調はどうなの?」きこうとしたら「ふうちゃんも元気が少ないな」拓の側から話し出した。

*

私たちが出会ったのは8年前の夏祭り。拓にはまだ奥さんがいた。子供もいた。私たちが出会ってすぐの頃、ギャンブルで借金をつくっていたことが奥さんにバレた。色々あった。奥さんから離婚を申し出されて。ほどなくして、この部屋に私と住むようになった。

「俺は捨てられたんだ」拓は毎晩、酒を飲んでは愚痴をこぼした。私はじっと話を聴いた。面倒くさいなと思う日も正直あった。だけど「俺は甲斐性なしだ。けどお前のこと。ふうちゃんのことは一生面倒みるからな」と言われた日はとても嬉しかった。

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昨日拓が心配してくれた通り、私はもうながくないだろう。体調が特別わるいわけではない。けれど寿命が迫ってきているのがわかる。

「ほおら。由果見たか。どんなもんだ」あの日得意気に私をすくった拓。
「金魚は縁起物でさ、金運が上がるらしい。大切に育てないとな」水槽にいれてくれた拓。
約束した通りに、ずっと面倒をみてくれたね。昨日も、自分は食べていないのに、私にはちゃんと餌をくれたね。私に、金運をあげる力があればよかったのにね。拓には元気になってほしい。せめて、病院にかかるお金だけでも。

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拓の携帯電話が鳴った。これ以上は迷惑をかけられないと、自ら連絡を断っていた父からだった。
「……もしもし」

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