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一人ひとり個人/NZワーホリ🇳🇿【44週目】

どうもニュージーランドでワーキングホリデーをしているのすけです。NZ生活も残り、2週間となってしまいました。今週も振り返っていきます。


ワーホリでしか出会えなかった人たち

今週の水曜日は、満月の日。
満月に合わせてみんなで焚き火をするということで、一緒に海へ。

普段一緒に仕事をしていて、
だんだんとコミュニケーション滑らかにできるようになっていたが、
おれの住んでいる場所が若干離れているため、
みんなと気軽に集まることができていなかった。

しかし、もうそろそろ仕事も佳境で
久しぶりにみんなで焚き火をするからってことで行く事に。

普段は仕事中に軽く話したり、休憩時間に色々話したりはするけど
1対1で話す機会ってよりみんなで集まって話すってことが多かったから、
みんなのことをあんまり詳しく知らなかった。

焚き火の時間は、
そんなみんなのことをもっと知れる良い時間になった。

年齢制限ギリギリでワーホリに滑り込んだ旦那さんもいれば、
日本世界を飛び回りながら転々と旅して暮らしてる人もいるし、
日本でずっとアウトドア系のガイドとかで仕事してる人とか、
大学休学してNZに来ている人もいる。

そして、それぞれに想いがあって、
NZを選んでいるし、キウイの仕事を選んでいる。

普段一緒に働いている時は中々そこまでパーソナルな部分って聞くことなかったけど、改めて、個人個人の集まりでしかないなあと思った。

表面上で見ると、
みんな同じようにNZへワーホリをしに来ている、でしかない。

だから、みんな大体同じ目的で、同じ気持ちで来ているもんだと
勝手にフォルダ分けしてしまう節がある。

でも、本当はそんなフォルダ分けは意味なくて、
みんながみんなそれぞれに意志があり、
背景があって今の選択をしている。

当たり前なことだけど、その感覚を改めて感じた時間だった。

NZで焚き火をしながら話すことができたのも幸せだったし、
改めて焚き火という場は良いなと思えた。

コミュニティでも同じことが言える

この焚き火で感じたことは、様々な場面で言えると思った。

例えば、今コミュマネとして関わっている
オンラインコミュニティのPOOLOでもそう。

POOLOに集まってくる人たちは、
大体こういう考えがあって、こういう意志があって来てるだろう
っていうフォルダ分けを自然としてしまいがち。
(これが完全に悪いとは思っていない)

で、そのバイアスを勝手にかけてしまい
参加メンバーへの関わり方も偏りがちになってしまうと危険だと思う。

そうではなく、
なるべくフラットでいたいし、先入観なしで関わった方が良いと思う。

一人一人に参加した理由があって、
決断をした背景があって、
求めているニーズがみんな違う。

コミュマネとして関わっている今、
みんなのことを勝手にフィルターを通して見ていないか?
メンバーを勝手にフォルダ分けして捉えていないか?
改めて自分自身に問い直したいと思う。

帰国しても同じく

ワーホリに行き、一年間海外で過ごしてきた自分って、
どう見られるだろうか?

色んな見られ方がされるかも知れない。

一年間も仕事をせずにプラプラ過ごしてきた奴
社会的な市場価値を何も持たない奴
責任感もなく、愚直に頑張れない奴

なんてレッテルが貼られるかも知れない。
可能性はゼロじゃないし、全然あると思う。

で、
自分はそこに合わせに行くのか。
そんな必要はない。

そうやって捉えられて、凹んだり、
自分って何もできない奴だよな〜なんて思う必要はない。

だって、
このワーホリへの決断もそうだし、
NZで得てきたものがたくさんあるだろう。

そこから、自分ができることは何かを考えたら良いし、
そうするしかない。

おれはNZにワーホリに来て
本当に良かったと思っている。

だからこそ、自分の得たこととか変化したこととか
棚卸して、自分の糧としていきたいと思う。

残りわずか。
少しずつ整理していこう。

また、note以外にもPodcastでもNZワーホリ生活について
発信をしています。

残りわずかなNZ生活ですが、
ワーホリについてでも良いし、NZでの暮らしでも良いし、
何か聞きたいこととか質問があったら、お便りも受け付けています。

下記のフォームから送ってもらえたら
Podcastの中で読んでいきたいと思っているので、
お気軽に送ってみてください。


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