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自分と世界を豊かにするための自己ビジョン1.0

言葉を自分の中に落とし込んで話す。

 最近「言語化に長けている」と言われて、とっても嬉しかったので、なんでそう思ってもらえたのか自分の言葉について考えると、「自分の中に落とし込んで話す」が一番しっくりきた。そんな自分が、フラットになって自分が感じた「豊かさ」、それを基礎としてこれから歩くために、一旦。それと、最近はこの基礎に自分が縛られていたこともあって、ここから自分を切り離すために、一旦。
POOLOを通じてなんとなーく感じていることと、考えて思い付いたことを言語化し、豊かさの自分の基礎として残しておきたい。

1.「豊かさ」とは?

 まずはジャンルとして、状態のことだと思う。事象でもなく、感情、言葉、関係、それぞれの幅を広げてくれるような、含みを与えてくれるような、何か広さ、というより、奥ゆかしさを感じる状態だと何となくは理解している。それをもう少し、細かく解像度を上げていく。自分と世界、どういう状態であったら豊かであると言えるのか、下記のようにひとまず定義する。

●自分の豊かさ=自分自身納得して、自分のことを受け入れている状態
●世界の豊かさ=それぞれの存在を認め、それぞれの価値を認め合っている状態

一旦これを定義として仮でおいておく。

2.フラットになることで見える自分と他者

 以前書いたnote「ゆっくりと時を流そう」にもあるように、未来志向型だった自分に疑問や違和感を覚え、一度フラットな状態にした。そのありのままの状態にしたことで今まで見逃していた、置いてきぼりにしていたものが色々見えてきた。


 自分で作って食べることが好きな事や、たまにデトックスとして汗を流したくなる事から、一人では生きていけないと感じる事まで。自分の普段感じる感情に向き合っていたら、当たり前な生(なま)の自分の感情というものを感じることができた。それらを見逃していた自分からするとすべて“発見”であり、改めて感じている自分という存在を認識できた。
 そもそもだけど、そうやって自分自身を俯瞰して見える状況にあることって、自分の感情に余裕がある状態=自分が満たされている状態にあることが前提にあると思っている。自分にとっては未来志向が、自分を満たせない何かストッパーになっていたのかもしれない。


『自分はこう感じている、相手はどう感じているのだろうか。人が話しているのを見たり、どのように感じているのか観察しているものの、分からなかった。全然何を考えているのかがわからなかった。ここで新しく、他者のことは分からない、つまり他者は他者として、他者を受け入れるようになった。』
(「ゆっくりと時を流そう」より)


 自分自身が満たされ、自分を俯瞰して受け入れることで、他者に対しての余裕やリスペクトが生まれ、本当の相手の気持ちを捉えられるようになった。この感覚がすごく好きだった。ありのままの自分のことも受け入れた上で、他者への尊敬も生まれる。余裕があることで生まれる温かさ、穏やかさ、余白に気づき心から優しくなれるし楽しめる。この感覚を感じている時に、「豊かだなあ」と、実感するのだと思う。

3.忘れてはいけないそもそもの世界線から世界を考える

 そんな自分が満たされて豊かになれる状態がとても心地よく、気持ちが良かったが、豊かになろうと“自分を満たす”ためには「自分一人では生きていけない」ことを強く痛感した。
 最初は、自分一人ではつまらないよなあ、ぐらいの深さで考えていたが、気持ちいいなあと感じたり美味しいなあと感じさせてくれる「自然」と、当たり前に生活を送れていて不自由を感じさせない「社会」、この二つの基盤が自分の中にあって自分は満たされていたんだなあということに気づいた。
そして、改めて自問した。


「たくさんのものをもたらしてくれている「自然」や「社会」に対して
自分は何かできているんだろうか?」

 たくさんのことをもたらしてくれていることすらも当たり前に成り立ちすぎている自然や社会に対して、何かを提供したいと思ったし、敬意を払って生きていきたいと思った。自分にできる事を考えていた時に、これが自分以外の他者も同じように「自然とか社会に対して、自分にできることはなにかなあ~」と考えていたらとても素敵なんじゃないかと思った。
 自然や社会との繋がりを感じることが前提として必要ではあるが、ただ、自然や社会からたくさんのことをもらっている事実があるからこそ、自分って一人では生きていけないなあって感じる人が増えたら良いんじゃないかと思った。さらに、もっと言うと、全員がそう思いながら素直に行動していったら、みんなに対して全員が温かく自分を認めてくれる世界があるだろうなと。そして、世界は豊かに向かうとも思った。

 ふと俯瞰して、自分にできる事を全員がそれぞれ考えていたらどうだろう。それぞれ自分が自然に対してできる事、社会に対して与えられることって何だろう、と考えている、この状態ってどうだろう。2.で書いた自分の豊かな状態を考える事の延長線上にある気がする。2.では、ありのままの自分の状態を探してその自分を受け入れることが、結果的に自分の豊かな状態に繋がっていたが、自分にできる事を探すことや自分がしたいことを探すことって、「ありのままの自分を探求すること」から答えが出てくると思う。

4.自分と世界の循環で豊かになる

自分が満たされている前提の上で、自己を受け入れ他者を認めるために、ありのままの自分を探求する
⇒利己的な行動によって、自分を豊かにしている

自然や社会と繋がっている実感を持っている前提の上で、自分らしい社会や自然への価値の提供の仕方を見つけて、素直に行動に移す
⇒利他的な行動によって、世界を豊かにしている

 自分と世界とそれぞれの豊かにする方法を自分なりに定義した。それぞれ考えた中で、不思議な感覚に陥った。

「あれ、これぐるぐるしてね?」
ありのままの自分を探す→自分を受け入れ、他者を認める→自分の価値を提供していく→自分らしい価値って何かアップデートする→ありのままの自分を探す→・・・



 つまり、自分を豊かにしている状態と世界を豊かにしている状態って、循環しているんだなと思った。そしてそれも、それぞれの「自分」が軸となって、自分で探し、自分で出して、自分で探し、自分で出して、という繰り返しの中で自分と世界のはざまの循環が、全地球の中の“自分”の中で繰り広げられている。

 そして、「自己を受け入れ他者を認めるために、ありのままの自分を探求する」ことも「自分らしい社会や自然への価値の提供の仕方を見つけて、素直に行動に移す」ことも行動が伴っていることに気づいた。利己的であっても、利他的であっても、それぞれ自分らしく、でも他の人を認めた上での自分の行動をしている。つまり、自分を軸にしたそれぞれの行動を行っていく行為こそが、自分を豊かにしている、と落ちた。

 そして、全地球の中で行われているはざまの中で、いろんな行動をみんなが起こしている状態になっていることが、世界が豊かになっていると言えるんじゃないだろうか。自分のことを受け入れて、他者の事も認めた上で、自分や世界に対してそれぞれが行動を行っている、そんな世界を俯瞰してみた時に、そこにはとてつもない温かみに溢れ、活動的な世界が広がっている気がした。カオスの中でも温かみがある状態こそ、多様性に溢れ世界が豊かになっているだろうと言いたい。

5.これを踏まえて自分がしたいこと

 どうなったら自分と世界が豊かになるかわかった上で、自分は何がしたいか。何ができるか。考える。

 まず、自分を豊かにするためには、「自分で納得しながら過ごしたい。日々その時、その瞬間を受け入れ、自分がどう感じているのか、何を考えているのかを常に意識して、自立して生きていく。」これをビジョンとして生きていきたい。ここで言う自立というのは、自分自身で自分の選択を行いながら、自分の足で立って生きているとも言い換えたい。自分というものは、環境や気分など影響を常に受けるものであると思うため、可変的なビジョンとして据えておきたい。

 そして、自分と世界を豊かにするためには、「自分の周りの人の中で、「自分はこれで良いんだ、自分はこうだ!と自分自身を受け入れ、他の人はその人らしさがあるよね!と認められる」人を増やすこと」がしたいと思った。そうやって自分がいていいんだという安心感と、他者も自分のことを受け入れてくれているという感覚があれば心理的安全性が高まり、個人が活き活きとする世界になると思った。

 そのためにできる事として、自分と世界を豊かにするための前提として挙げた①自分が満たされている②社会/自然と自分は繋がっているという感覚を、実感できる何か(場?空間?時間?体験?)を提供する、これができるのではないかと仮定した。しかし、具体的な何かがまだ見つかっておらず、明確に何かと言えるようになるにはまだ実感と経験と、これだと熱中できるものが足りていない。これは残りのPOOLOの在学期間に見つけていきたい。

6.最後に

 POOLOという外のコミュニティに入ったことで、自分がたくさん吸収していること、体感していることがすべて何かしらの学びに繋がっていることを感じている。

 自分だと、自分を形成してくれたコミュニティの中で自分の表現が伝わることを感じていたが、それが見ず知らずの人にもきちんと実感を伴って伝わっているんだと気づけた。コミュニティという人の集まりに対して何かしらのモノを提供するために、圧倒的なビジョン設計、心理的安全性の高い組織作りが必須であるということを知った。今まで何となくの中で試行していたビジョンを、言語化することができた。これからは対象としたい、対象と想定する人のことを考えるという意味で、マーケティングなども学んでいくだろう。

 自分の豊かさが言語化できたことで、これを基礎にこれからしたいことが探せると思う。2022年は散歩するように生きるとテーマを決めたが、まさに自分の興味持ったことや、やってみたいかもって思ったことにはちょっとずつ、リキまず手を出していきたい。ひとまず、もっと豊かな言葉を使えるようにするために「詩」を学ぼうと思う。


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