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上京してバンドを組むまで。1990年代⑨(番外編・「のび太のくせに生意気」なのか?)

前回、Y君という人物との出会いでいよいよ上京後初のバンドを組めそうなところまで話が進んだけれど、今回は音楽を始めた理由、未だにやり続けている理由について自分なりに分析してみる。

子どもの頃は勉強もスポーツも全くだめで、おまけにちょっとしたイジられキャラでもあり、今考えると「いじめかも?」と思えることも結構あった。

鈍臭くて野球をやっても打てないしボールも取れない。サッカーをやっても味方の陣地にゴールを入れてしまうような有様。

友達が野球に誘いに来ても居留守を使ったこともある。

球技をして「おまえ、なにやってんだよ!」と責められながら遊ぶより、気の合う友達2〜3人で釣りをしているほうが断然楽しかった。

俺は本当にのび太くんのような子どもだった。

しかも中学生になったら特別な理由(健康上など)が無ければ運動部に強制入部という校風。

仕方なく「背が高くなりたい」という理由だけでバスケット部に入部。

そのバスケット部でも1番ヘタなのになぜか副部長に選ばれてしまい、自分より上手い下級生に指示を出さなければならないというトラウマ級試練の日々。(途中から明らかに後輩たちにナメられているのがわかった)

試合では(正確な数字は忘れたが)76対4というような桁違いな点差でバスケ部史上に残る負け方をしたりする。

このあたりから世の中の「主流」の輪に入っても楽しくないし、自分にはキツいだけだということを意識し始めた気がする。

かといって当時は「みんな違ってみんなイイ」みたいな都合の良い言葉はなかったし、そんなことを言ってくれる大人は皆無だった。(少なくともウチの地元では)

「今の自分ではない何かになりたい」という想いからなのか、地域の旅行で行った遊園地でピエロのメイクをしたまま一日中過ごして親を困惑させたりということもあった。(そういうアトラクションのようなものがあった。当然まだADDICTSも時計じかけのオレンジもニューロティカも知らない笑)

当時クラスの中で流行っていたおニャン子クラブやとんねるずにもハマれなかった。聴いてるだけでこっちが恥ずかしくなってくると思っていた。(思い切って書くけれど、俺は昔から秋元康氏の作る文化というものが全て好きじゃない。いや、ごめんなさいはっきり言って嫌いです。)

結局「変身願望」と「与えられた娯楽だけでは満足できなかった」ということが音楽を始めたきっかけなのかもしれない。

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※高校3年の頃。髪の毛の立たせ方が中途半端で「男!日本海」状態。(わかる人だけわかれば良い)

もちろんバンドブーム世代というのも影響している。

今より子どもの数が多い時代だったのもあり田舎にも楽器を持っている少年少女がたくさん居て、公民館を借りて頻繁にライブが行われるような状況でもあった。(あまりにマナーが悪くてすぐに使用禁止になり、その度に次の会場を探さなければならなかったけれど...)

あの時、音楽スタジオでセッティングができずに時間一杯ハウリング音のみしか出ていなかった女の子バンド、店内ですれ違い様にヒザ蹴りを入れてきたヤンキーバンド(たぶん歳下。しかもやり返せず...)、一緒に学校を早退してラフィンノーズのライブを観に行ったS君(高校中退して理容師見習いに。帰省した時会ったらなんかラリってた...)、そのS君から凶悪狂人団のレコード聞かされ毒気に当てられたのか一時的によくわからないことを口走るようになった隣のクラスの〇君、ナンシー・スパンゲンのようなビッチ感出してた(失礼)一つ歳下の天ぷら屋の娘さん、俺らのコピーバンドに興味を持ってくれた数少ない後輩、TシャツはピストルズでもジーンズはケミカルウォッシュだったO君、過激なものを求めるゆえかパンク〜ハードコアについて聞いてきた隣のクラスの暴走族メンバー、地元で唯一オリジナル曲をやっていて人気があったけどとても絡みづらい先輩(説教されたことあり)だったDさんのバンド、etc...

確かスローター&ザ・ドックスの曲に「ブーツ・ボーイもブーツ・ガールも一体どこへ行っちまったんだ?」という歌詞があったけど、狭い町にあれだけ居たバンド少年・少女は今頃どうしているのやら?

パンクを演奏していた昔とは形は変われども俺は音楽・バンドを辞めるのが怖い。

音楽をやっていない自分を想像できない。たとえ無様に思われようが頭の中から曲が浮かぶ限りは作り続けていきたい。

酒ももう飲めないしそれくらいしか遊ぶ方法、自分を楽しくしていく方法を知らない。

この歳になってもあの当時喰らった一撃から抜けられない俺という人間はなんなんだ?と思うこともある。

頭がおかしいのか、高校生の頃にK君の家で練習していたこともほんの2、3年前みたいな気さえする時がある。

モーターヘッドのレミー・キルミースター師匠のお言葉で「ロックンロールってのはよ、この世で唯一、人を裏切らねえ宗教なんだ」というのをなにかで読んだことがある。

「宗教」という言葉には抵抗があるけれど、レミー師匠が言うなら味わい深いし説得力もある。

俺にとっても音楽・バンドというのは結局そういうことなのかもしれない。 


「追伸」Dさんへ。高校2年の時、電車の中でfools mateを読んで妄想の世界に浸っていた俺に「そんなの読んでねーでライブに行けよ!」と説教かましてくれましたね。

たぶん全くあなたの好みじゃないとは思いますが俺、なんとか今でも音楽続けています。

※写真は19歳位の時。一人暮らしをしていた中山競馬場近くのアパート「やりた荘」にて。誕生日かなにかを祝ったのかな?手作りの飾りつけが泣かせる。

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