見出し画像

バンドをやりたくて上京。そして性懲りも無く今も続けてる。㉔(私的・西荻窪WATTS周辺の思い出)

このnoteも2000年代まで進んだけど、少し遡って1996年頃〜2000年代初頭頃の今は亡き伝説の(!?)ライブハウス「西荻窪WATTS」周辺のことを書いてみようと思います。

※WATTSでは本当に数多くのライブを観たけど、毎回めちゃめちゃ酔っ払っていて記憶が曖昧なところもあるので「なんであのバンドのことは書いてないの!?」と感じる人もいると思うがそこはご勘弁を(今回の記事を書くにあたってネットで調べたりもしたが、当時のことを書き残している人も案外少ないようだ。)

初めて行ったのはmoo-cowで活動してた頃だから1996〜97年頃かな?

店名は知っていたけどなんとなく「おっさん臭いバンド」が主に出ている箱というイメージがあって足を運んだことがなかった。

そのWATTSの定休日を安く借りて企画「BOOZ Night」を始めたのがchaniwaのアタロー氏だ。

※RAWで短くて速くてバカっぽい(もちろん褒め言葉)衝撃的だったchaniwaのデビューep
https://chaniwa.bandcamp.com/album/demo-man

BOOZ Nightは入場料も格安だったから平日にも関わらずそこそこ動員もあった。

この企画はpunk系がWATTSに出演しやすくなったきっかけの一つだったと思う。

極初期のポストロック期のyour song is goodなんかも出ていた覚えがある。

ところで自分は昔からユアソンのJJ氏の才能に嫉妬している。やりたいことを全て先にやられてる感じがするからだ。

前にも書いたけどfruityにはかなり衝撃を受けたし、school jacketsに関しては「skaとfast coreを合わせたら面白いかもな?」とぼんやり考えていたら、それはもうとっくにJJ氏がやってしまっていた。

https://youtu.be/c3HSXL1ly3g?si=ckLzyjH0UCU3C_Nz

your song is goodが本格的に踊れる音になっていってからも、安易にミクスチャーとかヒップホップ寄りにならないのがとても新鮮だった。

話をWATTSに戻そう。

西荻についての曲といえばoi-skall-matesのこの曲が有名だけど、

https://youtu.be/-T1Jcpklqdo?si=eS2BM1wmAcc9MwtE

ボーカルのワタルバスター氏は4evers(心の銃)というバンドもやっていたっけ。この曲も名曲だと思う。

https://youtu.be/Gj7jkiZoPjY?si=5SzZca8yajEmm4ZQ

ワタルといえばインディーレーベルのカクバリズムの角張ワタル氏も昔WATTSでバイトをしていたな。

カクバリズムの前身でstiffeen recordsというレーベルがあって、the weekender(自分がmoo-cowのあとにやっていたバンド。最近復活!?)でオムニバス音源に参加させてもらったりもした。

角張氏がVoをやっていたsnottyというバンドもあった。
 
※ この方のYouTubeチャンネルに当時のstiffeen records〜初期カクバリズム周辺のライブが多数あがっていました。↓
https://youtube.com/@soulmatesnishiogi5193?si=ydZbCRtDx6ez_l3V

WATTSでは80'sハードコア系、70'sパンク系の強烈なライブもたくさん観たし、その頃ECDさんがCRUST系の人達と一緒にライブをやっていたのも覚えている。

現存しないバンド(もしくは活動が止まっていると思われる)で印象深いバンドをいくつかあげてみる。
※「今でもやってるよ!」って人達がいたらごめんなさい。

colord rice man、the heck、no think、
ブルースビンボーズ(伊藤耕さんvo時の)、
the aboited、tom &boot boys、
the basements、2nd degree、
shit faced、impulsive、大将、4evers、
mad moisell、abraham cross、
elektro humangel、young ones、
private ways、breakfast、disco kicks、
ex-crime、frisbee、d.r.y、u.g.man、charm、
no people、jet liners、ブースターズ、
butter fingers、anode、viviisick、spend4、、、、

https://youtu.be/spVS5rybcts?si=Pkmb4y91QV1DWFzs
※the aboitedのVoの方(現the prisoner)の歌唱力には当時ド肝を抜かれた。

他にも沢山いるはずなんだけど俺の脳の海馬だと全部は思い出しきれない。(上記はだいぶ自分の好みが出てます。)

楽しい思い出がたくさんある一方、ライブハウスに付き物の近隣とのトラブルも絶えなかった。

WATTSは酒の持ち込みをしていてもあまり文句を言われなかったのをいいことに、近くのローソンに行って酒を買っては店に入るの繰り返し(今考えると大迷惑行為)をしている客も多かった。(自分もそう、、)

店の前のマンションのエントランスに溜まる人、電柱にゲロ(これは俺)、路上で半ケツ出して酔い潰れてるパンクス(知人だった)のケツを悪ノリして広げて笑ってたやつら、たびたび怒鳴り込んでくる上の階の米屋のおじさん、、、etc

殴り合いのケンカを何度か目撃したり、知人同士が揉めてるところを止めたりしたこともあったけど、自分達が出た企画でもあわや本職の人が登場寸前ということもあった。
※連載⑮参照。

バンドをやりたくて上京。そして性懲りも無く今も続けてる。1990年代編⑮(MOO-COW初音源〜レコ発)|いかりや英市

今考えると自分があのWATTSの目の前のマンションや建物の上の階(お店の上はお米屋さんと一般居住スペース)に住んでいたら苦情の一つも言いたくなったと思う。(いや、絶対に言っている、、)

店側がいろいろ大目にみてくれていたことに俺らは確実に甘えていた。

関わっていた人にとっては楽しい思い出の場所でも、地域住民からしてみればかなり迷惑に感じていた人もいたことだろう。

一時お店のトイレの配管が壊れたままで営業していた時期があって、汚水らしきものが床に溜まっていたままの時も。(その汚水にふざけてダイブしているヤツもいた、、、)

店の中に小さなゴキブリもたくさん居た。
(店内の打ち上げではよく焼きそばを食べたけど「冷やし中華」が出た時には少々用心した)

WATTSに出入りし始めたころの店長はエビコさんという方だったが、途中から五十嵐さんという方になり、五十嵐さん時代からよりpunk箱化が進んでいった印象だ。

WATTS閉店後、五十嵐さんはその意思を継いだ店「早稲田ZONE-b」をオープンさせる。

五十嵐さんには引き続きお世話になっています。(ZONE-bのロゴのデザインはWATTSのロゴのオマージュ)
http://zone-b.jp/mobile/thismonth.html
※注・ただしZONE-bはWATTSと違って全然キレイな箱だしきちんとしてますよ!

因みにいま一緒にバンドをやっている「しゅうやん」は元々final blood bathというhardcoreバンドのボーカルで、西荻WATTSでも良く見かけた。

当時は顔見知り程度で話をしたことはなかったが、約20年後にkodama and the dub station bandのライブ会場で再会したのをきっかけに話すようになり、急に仲良くなってバンドも一緒にやるようになった。

「革ジャン+スパイキーヘアー」→「全身tattoo+長ーいドレッド」に変わっていたけど、昔から人の顔を覚えるのは得意(ただし名前はなかなか覚えられない)なので彼だと判明。

「よく俺だとわかったね〜!」と感心された。

WATTSに行けば何かしらのライブがやっていたし、チケット代が安めの企画が多かったし、自宅から自転車で行ける距離だったから、当時一番良く行った箱かもしれない。

こんなこと書くと人によっては掃き溜めみたいな場所をイメージするかもしれないけれど、(まあ、掃き溜めだったんだけど、、)俺にとっては数々の凄いライブを観れたし、何度も出演させてもらったし、そして今でも付き合いのある友人、知人も出来たかけがえのない場所でした。

あの絶対悪酔いする発泡酒、独特の店内の臭いも今となっては懐かしい。 

※これはWATTSでの写真じゃないんだけど、当時のトリオ編成でのthe weekender

確かMさんという方に撮ってもらった記憶が。
なんか俺の金髪、カツラっぽいな、、。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?