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人事労務担当者のための労働法解説(10)

【賃金の定義と賃金請求権について】
今回は労働基準法における「賃金」の定義と賃金請求権の発生について書きたいと思います。
労務提供が履行不能となった場合に賃金請求権が発生するか否かという問題は、実務上問題となることが多いため基本的な考え方を押さえておくとよいでしょう。

1 賃金の定義


労働基準法11条は、

「この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。」

と規定しています。
この定義規定は、労働基準法における労働基準法における賃金保護規定(労働基準法24条・賃金全額払の原則など)の適用範囲を明らかにするための規定です。
すなわち、11条の「賃金」に該当する場合には、労働基準法の賃金保護規定の適用対象となることになります。

11条が定める賃金の要件は、①使用者が労働者に支払うもの、かつ②「労働の対償」であることです。
この2つの要件のうち、特に②の要件が重要となります。

「労働の対償」というと、労働の対価と考えられそうですが、実際には、家族手当のような具体的な労働の対価とはいえない「生活手当」的な意味をもつものについても、労働契約に基づいて支払われているのであれば、「労働の対償」に該当するとされています(昭和22年9月13日発基17号)。

賞与・退職金についても、就業規則等において、支給条件が明確に規定されて、使用者がその支給を約束しているときは、その支給金は「労働の対償」であると解されています。

このように、労働基準法の賃金は、文理上の解釈よりも広く捉えられており、実際の運用上は、「労働」の対償というよりも「労働関係」の対償というような取扱いとなっています。

2 賃金請求権の発生とノーワークノーペイの原則


賃金請求権は、労働契約に基づいて発生します。

賃金制度が労働協約や就業規則において設けられている場合には、労働協約や就業規則が労働契約の内容となることによって賃金請求権が発生します。

労働協約や就業規則の定めが不明確な場合には、労使慣行によって労働契約の内容が補足される場合もあるでしょう。

ノーワークノーペイの原則とは、抽象的な賃金請求権は労働契約の締結によって発生するが、具体的な賃金請求権は労働者が労働義務を現実に履行することによって発生するという原則です。

民法624条は、「労働者は、その約した労働を終わった後でなければ、報酬を請求することができない。」と定めていますが、この規定がノーワークノーペイの原則の法的根拠となっています。

労働者が遅刻・欠勤したり、ストライキに従事した場合に賃金請求権が発生しないことは、ノーワークノーペイの原則を根拠としています。

もっとも、このノーワークノーペイの原則(民法624条)は、任意規定であるため、労働契約や就業規則によってこれと異なる定めを置くことによって排除することが可能です。

遅刻や欠勤をしても月給の控除を行わないという完全月給制の定めを置くことは、ノーワークノーペイの原則を排除する定めの一種となります。

3 労働者の帰責事由に基づく労務の履行不能


労働者の帰責事由による労務の履行不能としては、欠勤や遅刻が典型的な例です。

労働者の帰責事由によって労務提供が履行不能となったわけですから、前述のノーワークノーペイの原則が当てはまり、別段の合意がない限り、賃金請求権は生じないことになります。

4 使用者の帰責事由に基づく労務の履行不能


反対に、使用者の帰責事由によって労務提供が履行不能となった場合には、労働者は、賃金請求権を失いません。

これは、民法536条2項が、

「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。」

と定めていることによるものです。

使用者(労務提供義務の「債権者」)の帰責事由によって労務提供義務(「債務」)を履行することができなくなたため、使用者は、賃金請求権(労務提供義務の「反対給付」)を拒むことができないのです。

具体例としては、労災によって労務提供が不能となった場合、上司や同僚からのハラスメントによって労務提供が不能となった場合、業績不振によって自宅待機を命じる場合などが考えられます。

5 双方に帰責事由のない労務の履行不能


これに対し、使用者側にも労働者側にも帰責事由がなく労務が提供が履行不能となった場合にはどうなるのでしょうか。

この場合には、民法536条1項が適用され、賃金請求権は発生しないことになります。

民法536条1項は、

「当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。」

と定めています。

使用者側は、反対給付(賃金請求権)の履行を拒むことができることになります。

具体例としては、労働者の過失によらない私傷病や近親者の病気等によって出勤できない場合や自然災害等によって出勤できない場合などが挙げられます。

このように、民法536条1項によると、当事者双方の責に帰すべき事由がない労務の履行不能の場合には、賃金請求は発生しません。
もっとも、労働基準法26条は、労働者の所得補償の観点から、「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合」には、平均賃金の60%以上の休業手当を義務づけています(休業手当については別の機会に書きたいと思います)。

6 今回のまとめ


・労働基準法11条の「賃金」に当たるか否かは、特に「労働の対償」か否かが問題となる

・家族手当等の生活手当的なものも「労働の対償」となる

・賞与・退職金は就業規則等によって支給基準・支給方法が定められている場合には「労働の対償」となる

・労働基準法11条の「賃金」に該当する場合には、労働基準法の適用を受ける

・労務提供が不能となった場合に賃金請求権が発生するか否かは、使用者の帰責事由の有無によって異なる

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