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帯番組の擬人化



【1】宴のはじまり


僕の名前はシンラジ、千葉のとある会社の新入社員。
まだ入社して5カ月余り、なかなか新しい仕事には慣れないが様々な先輩社員に囲まれて日々勉強の毎日。
今日は幕張の半個室の居酒屋にて所属する部署の飲み会だ。

飲み会の幹事も新人の仕事、お店には30分前には入り、上司と先輩方を出迎える。
入社後の飲み会は新入社員歓迎会以来、これが2回目。幹事の経験は何度かあるが、学生の時とはまったく違う大人の世界にはまだ慣れない。
いよいよ、始まりの時間がやってきた。
僕は少し緊張しつつも新人らしく大きな声を張り上げた。

「みなさんお集まりですね!幹事のシンラジです。初めての幹事で至らないところもあるかと思いますがよろしくお願いします。では早速、課長お願いします!」

我が部署、「千葉帯課」を統括するのはIXP課長
英語がペラペラで帰国子女との噂もあるこの道30年のベテラン女性課長だ。

IXP課長「皆、毎日お疲れ様ー。久しぶりの飲み会だねー。我が部署も数年前まではプロパーの社員も多かったけど、今は、新しい人もたくさん入ってきて”Chemistry”に期待してますー!ところで暑気払いという言葉、英語でしっくりくるのは”Cool Down”!今日は大いに飲んで語って日頃の疲れを発散しようー!では乾杯は、45Vかなー?」

45Vというのはこれまたベテランの嘱託社員さんで、勤務時間は短いけど仕事はできる、ちょっとお調子者のおじさんだ。

45V「皆さんおっはー!ただいまご紹介にあずかりました45Vでございまーす!もう皆さん喉も乾いちゃってると思うんで早速乾杯しちゃいましょー!カンパーイ!」

もう夜だというのに「おっはー!」とか、この人は一杯ひっかけてから来たのだろうか。でも組織というものにはこういうムードメーカーも必要なんだなとまたひとつ勉強になった。

さて、乾杯でグラスのビールを流し込むと、冷えたビールを片手に課長のところへ。これも立派な幹事、というよりも新人の仕事なのだ。

「課長、お疲れ様です。」

IXP課長「おー、シンラジくんー。今日は幹事ご苦労様ー。ようやく仕事も慣れてきたみたいだねー。期待してるよー。おーっと。」

巻き舌の課長に褒められ、少々照れながら勢いよくビールを注ぐ。
グラスの中はほとんど泡となった。

IXP課長「あーあ、注ぎ方はまだまだ勉強が必要だなー。まあ、若い子は可愛いから許しちゃお!あら!?私、ツルっとなんか言っちゃったー?」

と言うや否や、課長は私の腕をつねった。
痛っ! ― ここは早々に退散した方が良さそうだ。

仕事中は決して見せない課長の反応に戸惑いつつも、「ソーシャルディスタンスです。」と言い愛想笑いを浮かべながら課長から距離を置いた。


【2】アウェク先輩


「先輩、どうぞ」

ビールを注ぐ。

「ありがとう。どうだい、最近頑張ってるみたいだけど営業の仕事にはもう慣れたかい?」

爽やかに話してくれたのは、僕より1年先輩のアウェク先輩
1年先輩といっても途中入社で以前は都内の上場企業に勤めてたらしく、仕事もできるし面倒見も良い憧れの先輩だ。

「いやあ、僕なんてまだまだです。この間も、得意先で『前の担当者の方が良かった』とか散々嫌味を言われましたよ…」

アウェク先輩「ほう、まあ君の前任のベラインさんは、かれこれ31年だっけ?かなり担当が長かったみたいだからね。比べること自体が間違いだよ。定年退職だから仕方ないけどね。去るものあれば来る人ありかな。」

「ああ、そうでしたね。しかし、ああいう風に言われちゃうと得意先に行くのもどうにも足が重くなっちゃって…」

アウェク先輩「そうか、僕も最初は前任のパワベさんが数十年担当してた得意先を引き継いでなかなか苦労したよ。モノマネをしたり、ダジャレを言ったり、時には歌を歌ったりして試行錯誤しながらやっと落ちついてきたんだよね。」

あのスマートなアウェク先輩もそんな苦労をしていたんだ。
仕事に楽な道なんてないんだと思った。

「まあ、僕も今月から新しい看板車(営業車)を貰えたんで、見ていてください!これからバリバリ頑張りますよ!」

アウェク先輩「そうそう、その心意気だよ!絶好調!絶好調!おい、お前も可愛い後輩に何か言ってやれよ!」

アウェク先輩はそう言って隣にいた同期のスログロ先輩の肩をポンと叩いた。

スログロ先輩「…」

アウェク先輩「もー、何か言えって!すまんな、こいつはほんと無口な奴で…」

そういえば、入社以来、スログロ先輩の声を僕は聞いたことがない。
ふと向かいのテーブルを見ると45Vさんがバズーカのような大きな声で何か言っている。

45V「おーい、アウェク!今週はどんな馬が来るんだい?先週はお前の予想で良い思いしたからなー!頼・む・よ!」

アウェク先輩「はいはい、わかりましたわかりました。今週はですね…」

爽やかで人気者のアウェク先輩、僕はこの先輩に一生ついていこうと思った。

スログロ先輩「…2-8ー11…の3連単…ボックス買い…」

えっ?スログロ先輩が何か言ったみたいだけど声が小さくて聞き取れなかった。



【3】アンミラ先輩


「遅くなりました、まあ一杯どうぞ」

続いてビール瓶片手に僕が話しかけたのは、アンミラ先輩
スラっとしてハーフっぽい派手な見た目だが、性格は結構庶民的。
下ネタも全然OKな、これまた頼りがいのある15年選手の親分肌の先輩だ。

アンミラ先輩「おう、シンラジ!そういやアンタ彼女とかいるの?もしいるんならあたしに紹介しなさいよ。」

おっ?いきなり昭和のハラスメントか!?

「い、いや生まれてこの方彼女なんてまだいませんよ。しかも今は仕事を覚えるのに精一杯でそんなこと考える余裕もありません。」

本当は、学生の時から付き合っている彼女はいるのだが、こういう先輩に知られると少々面倒なので内緒にしているのだ。

アンミラ先輩「つまんないなー。若いんだからもっと人生楽しまなきゃ!まあ、彼女ができら、一番にこのお姉さんに報告しなさいよ!絶対だぞ!」

「あ、はい!わかりました!」

なぜアンミラ先輩に一番に報告しないといけないのかわけがわからないが、この場はこう返事をしておくのがベターだと僕の本能がそうさせた。
そういえばこの人はクリスマスにはサンタのコスプレをして出社してきたりするなかなか破天荒な人と聞いたことがある。
実際紹介したらどんなことになるのかを考えるとちょっと空恐ろしくなった。

【4】サラダ先輩


「おいおい、シンラジ君、シンラジ君、お酒ばっか飲んでないで、こっちに来てサラダでも食べなさいよ。」

そう言ってビールを注いで回る僕を呼び止めたのは、サラダ先輩
アニメ声で見た目は若いがもう勤続20年近いベテラン社員だ。

サラダ先輩「この店のサラダはとっても美味しいのよ。さあ、ドレッシングはどれにする?」

そう言うとサラダ先輩はバッグの中からたくさんのドレッシングを取り出した。
このサラダ先輩は、ドレッシングマニアで有名な人で、いつも手作りのドレッシングを持ち歩いている。社内では「ドレッシングマエストロ」という渾名まであるかなりマニアックな人だ。

サラダ先輩「フレンチ、イタリアン、胡麻に和風、サウザンアイランドもあるわよ、シンラジ君の好きなのは、さ~らどれ?」

ダジャレを交えながら笑顔でグイグイ尋ねてくるサラダ先輩だが、最近糖質制限をしている僕にとってドレッシングは少し厳しい。

「じゃ、じゃあ和風でお願いします。」

苦渋の決断で、糖質と油分の少なそうな和風を選択した。

サラダ先輩「和風をチョイスするなんて若いのに渋いわね~。でもざ~んねん!事前にアンケートを取ったら胡麻が一番人気だったんでかけるわよ~。」ドボドボドボ

なんてことだ、よりによって一番糖質の多そうな胡麻ドレッシングだなんて!というか事前にアンケートなんかしてるなら何故他のドレッシングを持ってきたのかまったくもって理解に苦しむ…

「あ、ありがとうございます!ワン!ワン!」

そう言ってなるべくドレッシングのかかっていない部分をフォークで掬い、先輩の大好きな犬の真似をしながら口に頬張った。


【5】糸子先輩


「おい、シンラジ!あんたサラダとか食べてんじゃないわよ!こっち来て早くお酒注ぎなさいよ!」

いきなり怒鳴られた。
これは、糸子先輩。入社6~7年の若手のホープなのだが、とにかくお酒には弱く、すぐに酔っぱらってくだを巻くので要注意だ。

「どうぞどうぞ」

こぼさないようにゆっくりと酒を注ぐ

糸子先輩「おーとっとっと!ほらほらまだ注げるわよ!ゴー!ゴー!」

そう言って糸先輩は一気にグラスのビールを飲み干した。

僕はすかさず、テーブルの端にあった焼き葱の皿を取り、糸子先輩の前に置いた。

「お酒ばっかりじゃ酔いが回っちゃいますよ、ほら、おつまみも食べてください。」

糸子先輩「あらら、あたしが葱が好きなのをよく知ってるわねー!さすがよねー。うん、美味しい。やっぱりつまみは葱が一番ね!」

糸子先輩が葱好きだというのは事前にリサーチ済みだ。できる新入社員は情報収集にも余念がないのだ。

糸子先輩「うーん、葱は美味しい!イエー!ゴー!ゴー!」

これ以上関わるとややこしそうなので、もう一皿葱焼きを先輩の前に置き、僕はそっとそのテーブルから離れた。


【6】挨拶


シンラジーっ!」

宴もたけなわ、課長に呼び止められた。

IXP課長「うちの会社の飲み会では、新入社員が抱負を話すことが恒例なのよー。なので、シンラジ!ちょっとヨロシクー!」

抱負だって?いきなり言われて戸惑ってしまったが、僕もこの会社に入ったからには、アピールしたいことはたくさんある。
これは試練だ。でもこの試練を乗り越えなければ僕に明日はないのだ。
酒の勢いを借りて、僕は大きな声で語り掛けた。

「皆さん!宴もたけなわではございますが、ご注目ください!私は、今春、不覚にも感染症にかかってしまい、残念ながら入社式は欠席となりました。にもかかわらずこのように暖かい諸先輩方に囲まれ、日々ご指導いただき大変感謝しております!」

普段まったく絡みのない45Vさんが「うんうん」と頷いている。

「でもスタートが遅れた分、このハンデなんて・・・そんなもの覆してやろうじゃないか!と、一層やる気がみなぎりました!僕が、この会社に入ってやりたいことは、この人間五差路の交差点で、人間力を高め、新入社員を超えた新入社員、叩く鍵盤!回す円盤!つまりは、ヒューマニスタになることです!よろしくど-ぞ!!」

パチ(?)・・パチ(!)・・・パチパチパチパチパチ(大拍手)

お酒の入った私の勢いに圧倒されたのか、最初はまばらだったが、次第に大きな拍手が巻き起こった。

挨拶を終え、興奮して少々過呼吸気味になった私は水の入ったグラスに手を伸ばそうとした。


【7】9音係長


「なかなか良かったじゃない。まあ、これ飲んで落ち着きなさい。」

そう言ってグラスを渡してくれたのは、9音係長。この9音係長はとてもできる人で、年齢はそこそこなのだが、2年前に中途で入社したにもかかわらず既存の市場を掘り起こし、大きな実績を上げ続けて我が部署のNo.2になったという少々曲者なのである。

9音係長「人間交差点だか、ヒューマニスタだとか、なんだか意味がわからないけど、勢いだけは感じたよ。僕も家では鍵盤を叩いて円盤を回しながらなぞかけをつくったりしてるんだ。やっぱり日本語って良いもんだねぇ。」

「はい、係長にそういっていただけると嬉しいです!頑張ります!
あ!そういえば、昼間メールしたアメリカの企業からのオファーの返答は
どうしたら良いですか?」

尊敬する係長に褒められて嬉しくなったのでつい仕事のことを訊いてしまった。

9音係長「アメリカか…メールは見たけど…、それは課長に聞いてくれ。私はね、海外のことはよくわからないんだよね。なのでいつも課長に丸投げだーっ!およよーっ!」

そういって9音係長は、課長を指差し、舌を出しておどけた仕草を見せた。

あの仕事のできる係長にも苦手なものがあるんだなと、ヒューマニスタを目指す上でまたひとつ勉強になった。

【8】モザナイ先輩


なんだかんだで私の挨拶も好評のうちに終わり、1次会は終了となった。
2次会ヘ行こうと盛り上がる人、すでに酔いつぶれてベロベロになっている人、今日は、普段仕事では見られない先輩達の色んな姿が見れた。

その時だった。
ふとテーブルの端に目をやると、見知らぬ人が帰り支度をしている。
この人は一体誰だろう?でもここにいるということは、うちの社員には間違いない。
私はこの人物に興味を持ち、話しかけてみた。

「あのー…2次会には行かないんですか?」

するとその人物は、私に目をやり面倒くさそうにこう吐き捨てた。

「は?2次会?お前舐めてんのか?俺は、これから仕事なんだよ。」

想定外の返答に僕は、狼狽えた。

「ふっ、まったくあの人は…相変わらずね。」

私の横で見知らぬお姉さんがつぶやいた。

そしてこのお姉さんは、その人物が夜勤担当のモザナイ先輩であることを教えてくれた。
そうだ。この人のように夜間に働いてくれる人がいるから僕らは平日昼間に普通に働くことができるんだ。僕は、当たり前ってのは幸せなんだと思い、店を後にするモザナイ先輩に手を合わせた。

そして私は、「お前も誰だよ?」という感情を表に出さないよう、お姉さんに笑顔で頷きお礼を言った。
一瞬の沈黙が流れたが、このお姉さんは、2次会から参加予定なのに待ちきれずお店に来ていた休日課のラヴ先輩だと自己紹介をされた。
夜間だけでなく休日に働いてくれる人がいることも感謝を忘れちゃいけないと思った。

このラヴ先輩モザナイ先輩との関係、そしてモザナイ先輩と僕が遠い親戚だと知ったのは、もう少し後のお話…。


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