俺ができるならお前もできるよな

数年前にバイトをしていた頃の話。

同じ時間帯に入っていた人が、ちょいキレ気味でブツブツ言ってたから、「めっちゃ怒ってるじゃん。」と、少し煽ってみたところ、「僕にもできることが、他の人にできないとイラってするんですよね。」と、言った。

お、なんか面白くなってきたな、と、思ったため、もう少し深掘りしようと、「その人ができなかったってことは、君よりもできないってことじゃない?」と、聞いてみた。

「僕よりできない人はいないと思うので、やらなかっただけだと思います。僕は自分が一番下だと思っているので、僕以下の人を見ると呆れてしまうんですよね。」

私から会話をしようと思って聞いたけど、もう満足したなと思ったため、適当な相槌を打って会話は終わった。


自分が出来るなら、他の人もできて当たり前という、自己評価の低さゆえに他人に対しても最低限自分よりは上であってほしいと思っていたのだろうか。

確かに、これに関しては誰でもできるような簡単なバイトであるため、まあ一理あるなとは思った。


似たような話がある。

大学生の頃、今の時代はプログラミングだ!と言われていた為、近場の古本屋でプログラミングについて学べるような本を買おうと思った。

基礎から応用までかなり幅広くあったが、まずは基礎を固めにゃ応用なんてできっこない。

そう思いながら棚を見ていると、『サルでもわかるプログラミング』みたいな、いかにも目に留まりそうな本があった。

サルでもわかるなら俺でもわかるでしょ!と思って、早速購入して家で読んでみたところ、今時のサルってこんなにも頭がいいんだ、と、サルは私より頭がいいってことしかわからなかった。

結局、タイトルだけでその本を買ったため、著者の思う壺になってしまったわけだけど、もし私の自己評価が異常なほど低かった場合、この本を手にとることはなかっただろう。

サルにはできるけど、私はサルより下なので買いません。生きててごめんなさい。まで思ってしまうのかもしれない。


私は自己評価がまあまあ高いので、自分にはできて、他の人ができなくても何も思わないし、サルでもわかる本をすぐに買ってしまう。

逆に、他の人ができて自分ができない事があると、なんで自分だけできないんだ、と、落ち込んでしまう方が多い。

自分ならできて当たり前とまでは思わないけれど、大抵のことはできると思っているからこそ落ち込んでしまうんだろう。

自分は自分、他人は他人って思えばこんなことを考える必要はないんだけど、比較対象がいないとそれはそれで張り合いがないっていうか、モチベーションも上がらないもので。

でも、自分ができるから自分以外の人も同じようにできるって考えるのはいまいちピンとこない。

できなければできる人が教えてあげればいいのでは、教える時間もないほど余裕が無いのかもしれないけど、そうなった時は余裕のない自分を余裕のある自分に変えていく方が手っ取り早いような気がする。

できない事をあーだこーだ言うよりも、できる術を模索していくほうが自分にとっても、相手にとっても良いと思うんだけど、違うのかな。

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