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駒大苫小牧-日本航空 2005年夏の甲子園3回戦

センバツでは2回戦敗退に終わった駒大苫小牧ですが、再び夏の甲子園に帰ってきました。
センバツでは投打とも絶不調に見舞われたのですが、それを基準にして夏の駒大苫小牧を評価する人の多さにはビックリしました。いやいや、もう絶不調期はとっくに脱していますよ、と。
絶不調のままだったら、南北海道大会で勝ち上がれませんし、とりわけ決勝の北照には大敗していたでしょう。

とあるサイトのベスト8予想大会では「駒大苫小牧を予想するのは一般人の意見。ここは日本航空だろう」という予想を見かけました。
「一般人は名前だけで駒大苫小牧を予想するけど、私は玄人なので日本航空だと思うよ」ということでしょうか。
福井商じゃなくて日本航空を挙げたのは褒めてさしあげますが(笑) この自称・玄人さんの予想はこの後こっぱみじんに粉砕されることになります。

駒大苫小牧は初戦の2回戦で聖心ウルスラ学園(宮崎)を5-0で破って初戦突破。エースの松橋拓也が2安打完封でした。
今でこそWBC日本代表メンバーである戸郷翔征(巨人)の母校として有名ですが、当時は春夏通じて初出場の新鋭校。
女子高から共学化して強くなった済美(愛媛)と共通するところがあり、情報が少なく不気味な相手でした。
今みたいに地方大会や選手の映像を簡単に見られる時代ではなく、CS放送の「スカイA」で地方大会の決勝戦が何試合か放送されるのみ。それも全県ではありませんし、もちろん全試合録画して観戦する時間もありませんので、私としてはほとんどノーデータでした。

3回戦の相手は、林啓介(のちにロッテ・阪神)、齊藤悠葵(のちに広島)を擁する福井商・・・を8-7で破った日本航空(山梨)でした。
林・齊藤の2枚看板と当たりたくなかった私は安堵したのをよく覚えています。

日本航空は県大会から甲子園2回戦まで全試合、背番号10の毛塚裕多→エースの長岡翼という継投で勝ち上がっています。イニング数もほぼ同じ。
毛塚は最速140キロ超の速球で強気に押しまくるタイプ、長岡は球速では劣るものの制球力があり、同じ右腕ですがタイプが異なります。
伊藤雄波監督は、現在は山梨県身延町の町議を務めているそうです。

駒大苫小牧は南北海道大会で1番の松橋拓也、10番の吉岡俊輔、11番の田中将大がほとんど同じイニング数を投げて勝ち上がってきました。
初戦では松橋が完封しましたが、この日本航空戦では2年生右腕の田中を先発マウンドに送り込みます。
田中はセンバツで好投したあとも評価はうなぎ上り、すでに翌年のドラフト候補ではありましたが、この夏の甲子園でさらなる高みに飛躍することとなります。

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