【6.11】指標と目標は必要か?(Do we need indicators and targets?)

※ティール組織の著者Frederic Laloux によるINSIGHTS FOR THE JOURNEYの日本語訳の個人的なメモを公開しています。
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■元のURL
https://thejourney.reinventingorganizations.com/611.html

■翻訳メモ
今回は、予測をベースとしたコントロールのパラダイムから、感知と呼応のパラダイムに移行する際に頻繁に発生する誤解について話します。それは指標と目標、そしてそれらの計測に関係したものです。予測をもとにしたコントロールのパラダイムの中心にあるのは、「計画」や「予算」を設定することであり、またそれらを基準として測定をおこなうことです。誰かが宣言した目標に対して進捗度合いを測るというものです。ただし、このやり方は実際にはほとんど機能しておらず、非生産的であることは、多くの人が気付いていることでもあります。多くの人は落とし穴に気付かなかったり、もしくは気付いても気付かぬふりをしたりして、目標にだけフォーカスしようとします。当然、組織全体が歪んできます。そうやって数字のゲームが始まるわけです。しかし、「存在目的」の観点、つまり、感知と呼応のパラダイムにある組織は、目標に集中するのがよいことなのか、立ち止まって声を聞くこともできます。良い仕事というものはある程度の複雑性があると思いますが、目標にのみ集中していては、我々を良い仕事から遠ざけてしまいかねません。あるいは測定できる指標があるからといって、それが良い仕事の指標になるとは限りません。例えば、カプチーノの入れ方などは計測が難しいものです。しかし、測れなくても、あらゆる弁護士とあらゆるコーヒー愛好家は、それが美味いかどうかを判断ができます。つまり、この場合、数値の計測に意味はありません。ロジカルな言い方をすると、測定などは意味がないのでやめましょう、ということです。指標もいりません。もし意味のある指標があるとするならば、それらを手放すことに勝る指標もないということです。と、ちょっとこれは言い過ぎましたね。

「計画」と「予算」について話した前回と前々回のビデオを視ていれば、ここにおける答えはお分かりだと思います。やはりそれらと同じで、そのビジネスにとって何が必要なのかが正解です。何が仕事の質を決めているのか、それが分っていなければなりません。「測る」という行為をまったくやっていない組織もあります。繰り返しますが、ビュートゾルフはほとんど「測定」をしていません。もちろん、多くの「測定」が必要な組織もあります。私が知る上では、その典型的な組織がモーニングスターです。トマトが通過するという、継続的なプロセスを行うには、その段階での状態を正確に知る必要があります。温度も調節する必要があります。プロセスが安定的に稼働しているか、測定するポイントはたくさんあります。そして、その「測定」が品質の担保につながっているわけです。

ただ、現実の世界では、私たちは、なにか困ったことなど現象が起こりうる閾値より、はるかに低い値を基準としています。なぜなら、私たちは、何か問題が発生するたびに、すべてのことを測定するという習慣が身についてきたからです。私が懇意にしている病院のことをお話しすると、そこでは何か問題が起こるたびに官僚主義の占める割合が増加してきました。たいがいは新しい測定値を追加することで処置を果たすのです。本来の「測定」は2つの目的を持っています。1つは、システムが自己修正するためのものです。モーニングスターでトマトを検査する場合、測定値が基準の範囲外になると、すぐになにか対処する必要が出てきます。そのため、システムが自己修正するためのチェックポイントを設ける必要があります。もう一つの理由は、顧客や関係者を安心させるというものです。当局やステークホルダーにとっては、その組織が何をしているのかを知る必要があり、そのためには測定値という基準が彼らにとっての安心材料となります。それらが、私が思う、「測定」が意味するところの理由です。これに付け加えるとしたら、実際の実行プロセスにおいては、組織ごとに段階的な基準が存在することでしょう。

実用段階では、何かを測定しようとすると、必ず目標値が必要かどうかというさらにメタなところから生じる疑問にぶつかります。つまりこういうことです。セルフマネジメント組織では、「存在目的」に耳を傾け、それを感知・反応することにより、一種の基準値を満たします。時に、そこから外れて、独自の目標を設定するチームも存在しますが、それでも彼らはトップダウンで物事を進めることはありません。あるいは、中には、モチベーションを上げるために独自の目標を掲げるはチームもあるかもしれません。市民ランナーを例にとると分かりやすいですが、自身の進歩を確かめるために、自分の基準タイムを設定することもあるでしょう。この場合はモチベーションをコントロールするためですが、人間という生き物の性質を考えたら、このやり方はあながち無視はできません。条件次第では、期待値とは関係なく、はるかに早く、目的としたところに到達できる可能性さえあります。そうやってモチベーションを高める工夫をすることは良いことですが、それでも、いま起こっていることに耳を傾け、感知し反応することを無視しては成り立ちません。

システムの自己修正を助け、外部の関係者を安心させるためには、時に、「測定」も必要という内容でお話ししてきました。モチベーションに変えるために自分で目標値を設定する場合もあると思いますが、測定すること自体が目標にすり替わる危険性については常に頭の片隅には置いておいてください。本来の目標とすべき場所は、耳を傾け、感知し、そしてそれに呼応するパラダイムです。

■翻訳メモの全体の目次
https://note.mu/enflow/n/n51b86f9d3e39?magazine_key=m3eeb37d63ed1

最後まで読んでいただいて、どうもありがとうございました。