【4.1.8】「セルフマネジメント」の誤解4:全員が平等(Misconception 4: Everyone is equal)

※ティール組織の著者Frederic Laloux によるINSIGHTS FOR THE JOURNEYの日本語訳の個人的なメモを公開しています。
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■元のURL
https://thejourney.reinventingorganizations.com/418.html

■翻訳メモ
セルフマネジメント組織では、誰もが平等であると、よく聞きます。もしくは、多くの人は、ティールはフラットな組織だと話す傾向にあります。ただ、正直、私は「フラット」や「水平」と言葉が好きではありません。また、「平等」という言葉の使い方は、かなり混同されているようです。そのため、それらを正確に理解することが重要だと思うのです。

確かに、セルフマネジメント組織で働くメンバーは、全員が等しく価値を有しています。そして、私たちはそういった基本的人権を尊重しなければなりません。しかし、そこで言う平等と、組織における役割や貢献といったものとはまったく別物なのです。存在における価値は等しくあっても...、つまり、個人の存在における平等と、組織における役割や貢献度とを混同してはいけないということです。もう少し詳しく言うと、存在に対する平等とは、それが誰であろうと、どんな役割をもって、また、その個人の貢献度合いがどうであろうと、すべては平等で、すべてのメンバーはかけがえのない一人の人間として扱われなければなりません。私たちは生来、等しく尊厳を持っています。それは、例えば、私たち全員がまったく同じルールでプレーすることを意味します。ある人はその人独自のルールで、ある人はまた違ったルールで、というカースト制度のような不平等は許されません。つまり、誰もが変化を起こせる力を持っているということです。アドバイスプロセスを踏まえるなどすると、誰もが何かを起こすことが可能になります。それはとても素晴らしいことです。誰もが自分自身に、もしくは、他の人に光を当てることができて、皆が同じように輝けるわけですから。

それが存在における平等というものです。役割や貢献との違いはどこにあるのかというと、それは非常にシンプルです。ある特定の事柄に対して、他の人よりもより専門的な知識を持っているとか、より情熱を持っているとか、といった人がいるはずです。例えて言うと、私はマーケティングの専門家ではないので、マーケティングのことを聞かれても困るのです。いや、絶対に聞かないでくださいとリアクションします。私は技術屋ではありません。ですので、機械のメンテナンスや修理が必要な場合は、私に聞いても無駄ということになります。つまり、その意味で、私たちはまったく平等ではないのです。その違いを活かすには、エネルギーの方向性や貢献度、持ち前のスキルが組織の中でいかんなく発揮されることが望まれるのです。

ビュートゾルフ社の看護師チームの例を挙げると、看護師のチームの中には、必ず誰か、紛争解決や調停が得意な人がいます。そうすると、当然、困りごとを解決したい人は彼らの元を訪れますよね。また別の例で言うと、週末や休日の計画に困っている人がいたとすると、その人は、計画が得意な人のところに聞きに行けばよいですよね。どんな組織でも、特定の事柄に対しての適任者はいるものです。その時は、その人に任せるのが自然なあり方といえます。

これは非常に重要なポイントです。そこに、支配を目的としたヒエラルキーと、自然に生じるヒエラルキーとの大きな違いがあります。私たちがよく犯す間違いは、階層構造が好きではないとの理由でその構造自体をなくしてしまうことです。ヒエラルキーは2種類あることを理解していないからそんなことをしてしまうのです。私たちが取り除くべきなのは、「私はあなたの上司ですから、あなたに力を行使できるのです」という支配を目的としたヒエラルキーです。一方で、私たちが維持して、推進していくのは自然に発生するヒエラルキーです。それは自分が得意なことにはリーダーシップを取り、不得意なものについてはリーダーシップを譲るといった自然発生的な力のことです。

支配的なヒエラルキーが解体されていく過程で、こういうことが起こります。才能や情熱があっても、それらを発揮する場がなかった人たちが、自然なヒエラルキーが発生することで、突如目覚めるのです。そうすると、以前にはなかった何か素晴らしいことを、突然やり始める人が出てくるようになるのです。

我々が目指すのは「すべてが平等」の世界ではありません。「平等」とは人が本来持っている価値のことであって、役割や貢献までもを平等とすることはできません。各自が最大限に自分の力を発揮できるようになることが重要なのです。最もやってはいけないのは、権力を持った人が、「あなたには決定権がない」と、適任者の邪魔をすることです。同じように、適任でない人に背負わせることも最悪です。私がコンピュータなどの機器の購買担当者だったとしましょう。組織が新たにセルフマネジメント組織になったことで、自分の権限で新しい機器の購入が可能になりました。そのため、会社のコンピュータの入れ替え時には、私は調査のために、日本とドイツのサプライヤーの元を訪れることになります。これはとても素晴らしいことです。多くのセルフマネジメント組織では、そのように不可能だったことが可能になっていくのです。

無理に取り組むというのもいけません。自分にはそのことに割くエネルギーがなく、そして得意分野でもないと気付いた時には、他の人に任せるようにします。みんなが「平等に」力を発揮できるようになるには、個人が痛みをかかえたまま背負いこむ必要はないのです。勤務形態や職位に関係なくやるべき人がやればいいのです。皆が等しくできなければならないと無理にやらせることはしないでください。この違いはとても大事な違いです。ゴールは、全員が同等に力を発揮することではなく、全員が自分の力を発揮できるところで力を発揮することです。そして、セルフマネジメントはそれを可能にするのです。

このことを説明するのに、いつものように、「自然」を例にとると分かりやすいと思います。森のような生態系には、さまざまな種類の植物が存在しています。キノコやシダは、木々のように高く育つことはありませんが、かといって、それらに木と同じ高さまで成長を求めることは馬鹿げているでしょう。キノコは1本の木よりもはるかに大きく根を張りめぐらし、シダは木にない美しさを誇ります。この生態系では、すべてが必要とされており、必要でないものはないのです。もし、どれか一部が欠けても生態系は維持できなくなります。高さを唯一の物差しとしている時点で、すでに馬鹿げていると言わざるを得ません。

ここで、私が言いたいのは、皆が自分らしさを最大限に発揮して成長できるようになっているのか、ということです。それは私たちにとって本当に重要な課題なのです。だから、私はフラットとか平等とかいう言葉は使いたくないのです。私は、どの方向から見ても、どの面を向いても、その中で成長できるような、組織自体を生き生きとしたものにしたいのです。しつこいようですが、改めて、存在自体の平等性と、自然発生的な役割や貢献とを分けて考えることは非常に重要なのです。


■お願い
動画の最後にもあるとおり、この取り組みはすべてギフトエコノミーによって成り立っています。
この取り組みを支援されたい方は、以下のリンクからLalouxへのご支援をお願い致します。
https://thejourney.reinventingorganizations.com/in-the-gift.html

■翻訳メモの全体の目次
https://note.mu/enflow/n/n51b86f9d3e39?magazine_key=m3eeb37d63ed1

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