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『「カギ括弧」のない時代に……』の記事を訂正します

1.誤りの報告

 何を今さらと思われるかもしれませんが、昨年5月25日に投稿した『「カギ括弧」のない時代に文字に記された声を聞く』の記事について、誤りの報告と訂正をします。誤りに気づいたのは数ヶ月前で、訂正しなくてはと思いながら時が過ぎてしまいました。何をどう間違えたのか、考え、調べる必要があったためです。まずは誤りの箇所を示します。タイトルと以下の引用箇所です。

 口語体が普及する前、明治より前には話し言葉が文字で直接再現されることは、普通はありませんでした。話し言葉を「カギ括弧」で囲んで地の文から区別する技法は、明治期に始まったようです。

2.明治より前に「 も口語文も存在した

 何がきっかけだったのか思い出せないのですが、ある時、江戸後期の滑稽本作家式亭三馬『浮世風呂』(1809年初編刊)を開いて、 が会話文の始まりの記号としてを使われているのを発見しました(閉じる は、なし)。上記の引用では断定をしないよう慎重な書き方をしているものの、『「カギ括弧」のない時代』というタイトルの下の記述である以上、誤りと言わなくてはなりません。

 同時に、『浮世風呂』の会話文が当時の口語で書かれていることも分かりました。そこでハタと思いついて十返舎一九『東海道中膝栗毛』を見直すと、その会話文も口語体と言える体のものでした(カギ括弧は、なし)。つまり、江戸期の作品において既に「話し言葉が文字で直接再現され」ていたわけです。しかも、会話だけでなく地の文の中にも、古文ではなく口語体の文章と言えるものが混じっていました。

 トップ画像は式亭三馬の『浮世風呂』の挿絵。Photo by (c)Tomo.Yun

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3.話し言葉の記録は例外的

 記事で「話し言葉が……再現されない」と書いたのは、私が江戸期の日記やら旅行記、時には随筆を大分読んだものの、会話を再現する文章に(その時までは)出会わなかったからでした。で、会話の再現は明治期に言文一致の改革が行われて初めて可能になったのだろう、と早とちりして「カギ括弧」云々の文章を書いたのでした。

 この過ちは、私が江戸期の文学に無知であるのに、差し出がましいことを書いたために生じたことでした。江戸時代後期の三馬や一九、山東京伝などの戯作者の作品は、文学史の教科書で名前を知っていたとしても原文で読んだ人は極めて少ないようで、私も例外ではありませんでした。そして、一般的な言文一致の説明では(例えばWikipedia)、三馬や一九の作品が取り上げられることはないのです。

 調べてみると、江戸期以前からの古い講義録(抄物しょうもの)にも、その時代の口語で文章が記されている場合があると分かりました。しかし、これらは戯作と同様に明治より前の時代における例外だったと言えます。江戸期以前の大半の文章は漢文(漢文もどきを含む)や古文で記されました。江戸期の日記や旅行記は大量に残されており、私は誤りを記した当時より、その後さらに多く調べたわけですが、口語が出て来るものはほぼありませんでした。

4.口語が記されない時代

 明治より前の時代の人々も、やろうと思えば話された言葉を文字で書き写すことができたようなのです。しかし、知識層も、読み書きを学んだ庶民も口語では書こうとせず、習い覚えた漢文や古文で文章を認めたのでした。私が上記記事に「声が文字にされない時代に書かれた文章の中から、不意に人の声が響いて来て、驚き、心を動かされる」と書いたのは、だから完全な間違いとは言えないことになります。私のミスは、「話された声を文字に写す」ことが口語以前にできなかったと考えたことでした。

 私が知る限り、旅日記中に話し言葉が文章として記されているのは司馬江漢「江漢西遊日記」のみです。一部、旅先の土地の人の言葉を耳で聞いたまま記録した箇所があります。また、平安時代に仮名が生まれ、口語で文章が記されるようになった時代のことを今は考慮に入れていません。源氏物語も当時の口語体で書かれていたようですが、鎌倉時代頃から口語と文語の乖離が大きくなり、口語が文字に記されることは非常に稀な例外となりました。

5.黒幕は言文一致という言葉?

 私が上記の失敗をした要因に、件の記事中では使っていない言文一致という言葉への認識の誤りがありました。私は、言文一致とは、話し言葉(口語)と文字で書く文章とを一致させることだと考えていたのです。さらに、私は拡大解釈をして、言文一致以前には声を文字にすることはなかったとまで書いたわけです。この誤りについては既に記しました。

 では、話し言葉で文章を書くことが言文一致でないとしたら、言文一致とはいったい何を意味しているのでしょうか? 私はここで悩んでしまって、誤りの報告と訂正までに長い時間を要したのでした(サボっていた時間はさらに長かった……すみません)。実際、「言文一致」は問題の多い語であり、そのことは実は20世紀初めにはすでに指摘されていました。以下、次回。


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