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耳元で鳴る

「眼鏡変えたんだ。いいね、それ。前のより似合ってる」
 向かいに座る先輩が言った。顔に熱が上がって耳まで真っ赤になるのを自覚する。
 一目惚れしたセルフレーム。視力が悪く、超薄型にしてもフレームからはみ出してしまう分厚いレンズ。意味もなく外して掲げてしまう。
「自分の誕生日プレゼントで、ちょっと良いヤツ一目惚れしちゃって、でもレンズははみ出ちゃうんですよ、本当に目悪すぎて」
 へらっと笑いながら早口に返す。眼鏡をかけてぱくんと口を閉じた途端、あぁ単にありがとうございますって可愛く返せば良かったのに、と恥ずかしさが体中に渦巻く。
「え、誕生日だったんだ? いつ?」
「あ、えっと、26日です、先月の」
「そうなんだ、覚えとこう」
 言いながら、先輩がスマホを取り出してメモする。
 先輩が、私の誕生日を、スマホに、メモする。
 昼時も外れて人がまばらな学食。きっと私の顔はいっそドス黒いほどに赤い。耳元の鼓動が騒がしい。きゅっと視界が狭まって、先輩だけが映る。
「そういう」絞り出した声が揺れた。
「そういうことすると勘違いしちゃいますよ、私なんかは」
 あはは、と空笑いする。喉が渇く。
 3時限終わり、たまたま先輩も4時限が空いてしまって誘われた学食。緊張してほとんど手をつけていなかったアイスティーを飲む。飲むが、上手く入らない。
「勘違いって、どんな?」
 口元を触りながら先輩が返す。
「どん、どんな、と言うと……え、どんなって言われるとちょっと」もにょもにょと言葉を濁す。そしてさっと血の気が引く。誕生日を聞くことくらい、友だち同士だってする。なのに、先輩ったら私のこと好きなんですか、なんて自意識過剰にも程がある。好意を持っているのは私だけなのに、なんて恥ずかしいことを口走ってしまったんだろう。
「どん、どんなって言うか、いや、どんなだろう、あはは」
 目が泳ぐ。恥ずかしくて、引いた血がまた顔に集まって、涙になって出てきそうだった。あはは、と声を出す私を、先輩が笑う。
「ごめん、意地悪だった、ごめん。待ってちょっとうそ、泣かないで」
「泣いてないですよ、なに言うんですか」
「ごめん、調子に乗り過ぎた。2人でゆっくり話す機会なんてなかなか無かったから」
 ふう、と先輩が息を吐く。そして、ポツリと言う。
「調子に乗ってる。……調子に乗って言うんだけど」
 先輩が、真っ直ぐに私を見た。
 耳で心臓が鳴る。先輩の言葉を逃さず聞きたいのに、遠い。ほとんど耳鳴りのように、騒ぐ。
「好きだ。俺と付き合ってくれませんか」
 耳鳴りが、消えた。
「え、待って泣かないで、ごめん、調子に乗り過ぎた、でも本気なんだけど、泣かないでごめん」
 先輩がみっともなく焦る。その耳が赤い。
 あはは、と熱が引かない顔を崩して笑った。
 

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