軌跡を照らせ
カーディガンの前をぎゅっと合わせて、震えながら昇る太陽を待つ。
永遠に止まらないかと思った涙はどうにか涸れた。腫れぼったいまぶたと、かぴかぴになった頬と、ぐしょぐしょの鼻水が、さっきまでの私を忘れさせてくれない。
五月初旬の朝はまだまだ寒くて、風が吹くたび耳がじんじんと痛い。
は、と吸う空気が熱を持った喉に冷たい。はああ、と吐く息は意図せず情けなく揺れた。
久しぶりに、どうしようもなく泣いた。
あてもなく歩くうちに海に出た。二時間近く歩いて、運動不足の足はもう歩けないと抗議するように硬い。
堤防を見渡すと、人影がぽつぽつとある。釣り人だろう。どこに居ても、独りにはなかなかならないものだ。それが疎ましく、けれどどこか有難い。見知らぬ他人との無関係が、今の私には居心地が良い。
鼻をすすって潮風を見送る。
手持ち無沙汰でカーディガンのポケットを探ると、イヤフォンを見つけた。少し逡巡し、片方ずつ耳に挿す。パジャマ代わりのジャージに突っ込んできたスマホを手に取る。
不自然に浮かぶロック画面に、メッセージはない。
下唇をきゅっと噛んで、また溢れ出しそうな水分を堪える。
ロックを解除して、アプリを立ち上げて、音楽を流す。耳から流れ込む世界に、一人きりで取り込まれていく。何曲か送って、軽やかなイントロに送る手が止まる。
音楽の趣味が合わないあの人が珍しく気に入って、何度も一緒に聞いた曲だ。微笑みが目に浮かぶような声で、歌う。
「君が好きで 君が好きで 涙がこぼれるんだよ」
ぼたぼたと、堰き止めたはずの涙が落ちる。
何度も、何度も聞いたのに、私は一度でも素直に伝えたことがあっただろうか。いつもどこか斜に構えて、愛することに溺れたら負けだと気を張って。
いつだって隣に居てくれるから、傷つけたって当たり前にそこに居続けてくれると過信していた。
涸れたと思っていたのに、次から次へと、あの人と一緒に、どこまでだって溢れ出す。
曲は進み、そして終わる。
立ち止まったままの存在などお構いなしに、柔らかく辛辣なまでの眩さで、世界をまるごと、今日の始まりが染めた。
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