『倦怠』
ふざけるなよ、と泣いた。喉が枯れるまで叫びたかったのに、口の中で消えていくだけの声しか出なかった。涙が視界を歪めて、ぼとりと落ちて枯れた。
喉の奥で唸る。
肌寒いベランダで、薄っぺらいシャツごと二の腕に爪をたてて縮こまる。近所の誰にも見られないように、しゃがみ込んで声を殺して、理性が涙を引っ込める。
部屋の中からは、変わらず騒がしいゲーム音。
今夜は、二人のための時間だと思っていたのに。夕飯だって、記念日だから手間をかけたのに。
もう無理なのかもしれない。
一緒にベランダに連れてきた缶チューハイを開ける。ひと口あおって、キャンディーチーズをかじる。
アイツはゲーム、私はお酒。
合わない趣味はそのまま、何年経っても合わないままだ。趣味も生活もタイミングも、本当は全部合わないのかもしれない。
そろそろ、終わりにしても良い頃だろう。
一気に缶を空けた。
残りのチーズを口の中で転がしてから咀嚼する。
耳の近くで鼓動が始まって、うるさい。顔に熱が集まって、指先が冷える。
窓を開けて、部屋に入って、そして私はゲームに釘付けの彼に、その背中に言う。
顔も見ずに、言う。この熱があるうちに。
行け。
窓を、開けて。
見慣れた、背中。
あーあ。
背中にすがるように、頭を預けた。
あーあ。違う、違うのに。
彼は無言でしばらくそのままゲームを続けて、情けない私の目にはさっきは出なかったはずの涙が一杯に溜まった。
瞬きと一緒に、パタパタと水が落ちる。いけない、鼻水も落ちる、と顔を上げた途端「お待たせ」と彼が動いて私を抱きしめた。
きらいだ、と心の中で強がる。強がってなどいない、本当にきらいだ。
それなのに、出なかったはずの嗚咽が彼のシャツに染み込んで、冷えていた指は熱を持って彼の肩にすがる。
きらいだ。
こんな私は、もう嫌だ。
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