一人相撲

　なんとも怪しいと思わないか？
　え、何が？
　ほら、彼女たちさ。これ見よがしに腕を組んで歩いてる。あれは絶対に演技だね。
　演技って、何の。
　もちろんカップルさ、偽装カップルなのさ。
　偽装カップル。何のために？
　もちろん、俺たちに気付いたからだ。恋人同士のふりをしている。
　なるほど。だけど、別に俺たちに見つかったから何だって言うんだ。わざわざカップルのふりなんかしなくなって良いだろう。
　それはほら、俺から逃げるためさ。
　どうしてお前から逃げる必要があるんだ。そもそも、今日は何なんだよ。急に呼び出して、あの二人をこそこそ尾行して。誰なんだよ、あの人たち。
　知らないのか、彼女、同じ大学にいるだろ。
　さあ、覚えがないな。男の方は？
　知らん。だから、彼女が適当なやつに頼んだんだよ。恋人のふりをしてほしいってな。
　本当の彼氏かもしれないじゃないか。
　違う！　断じて違う！
　なんだよムキになって……あ、もしかして彼女、お前と付き合ってるのか？　これは浮気調査か何かなのか？
　……違う、付き合ってなどいない。
　じゃあ何なんだよ。
　俺はその、見守っているんだ、彼女を。
　え？
　大学とか、帰り道とか、彼女に危険はないかと、日々見守っている。
　彼女に頼まれて？
　違う、彼女とは話したこともない。
　お前……ストーカーじゃないか……。
　だから、俺に気付いた彼女が恋人役をあの男に頼んだ。それで、わざとらしく腕を組んで見せつけている。
　彼女から疎まれていることも自覚している……おい、もうやめろよ、ストーカーなんて。犯罪だぞ。
　わかってる、わかってるから今日はお前に頼んだんだ。
　俺は何を頼まれてるんだよ、一緒になって彼女をストーキングしてるだけじゃないか。勘弁してくれよ。
　だから、俺を止めてくれ！
　え？
　どうしても彼女を目で追ってしまう！　俺自身ではどうしようもないんだ。お前が俺を止めてくれ！
　なるほどな。いや、なるほどか？
　うう、ストーカーだって彼女に嫌われるのはいやだ……でも彼女を探してしまう……。
　いっそ告白してきたらどうだ。
　は？　馬鹿め、声をかける勇気がないからこそストーカーなんだろうが。
　なんかもう気持ち悪いな。俺が声をかけるから、お前は告白だけすれば良い。そして振られろ。振られて傷ついて彼女を諦めろ。
　告白なんて無茶だ、三年も彼女を見つめ続けて一度も話したことがないんだぞ！
　三年って怖いよ。早く彼女を解放してあげろ。すみませーん！
　あっ、ちょっ、まって、ちょっ……！

　普通に彼氏だったじゃないか。
　そうだな……。
　彼女お前にまったく気付いてなかったな。
　そうだな……。
　同じ大学だとも認識されてなかった。
　そうだな……。
　お前は今後彼女に近づかない。
　初めから近づいてもないがな……。
　目で追わない、後をつけない。ちょっとでも彼女に近づいたら、またあの彼氏に睨まれる。すごまれる。もしくは殴られる。
　ああ、わかった。彼女のことは諦める。ありがとう、気が晴れたよ。
　それは良かったよ。
　また次、違う子を追いかけ始めたときは頼むよ。
　お願いだから、ストーキングはしないでくれ。気になったら早めに声をかけろ。そして振られて諦めろ。
　そうだな……。そのときは頼むよ、俺の中のもう一人の俺。