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失恋未練

 ゆっくりと夜が近づく夏は、もう終わった。暗くなってきたと空を見上げた途端あっという間に夜が覆う、秋だ。
 風は冷ややかに無関心を決め込んで過ぎる。優しい虫の音も、どこまでも重なれば今は少し苦しい。
 上着でも持ってくれば良かった。着信を優先して電車から降りなければ良かった。駅のホームが工事のために騒がしくなければ良かった。電話しながら一駅分歩こうだなんて考えなければ良かった。
 先輩の声が、独り占めしたくなるほど心地良くなければ良かった。独り占め、できるなら良かったのに。
 ほんの少しの雑談と、業務的なやり取りをして、その通話はあっという間に終わってしまった。駅まで引き返すのも億劫で、そもそもこの田舎道を走る電車は三十分に一本しかない。次の駅まで歩くのと、どちらが早いだろう。
 先輩は来月結婚するらしい。
 街灯が頼もしくも怪しげに人気のない道を照らす。まだまだ、先の駅は見えない。足元には生を誘う虫たちの音。
 伸びる影は一つ。秋が過ぎれば、すぐそこに冬。

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