不安な気持ちで教室を覗く拝啓十五の君はシャイニングのジャックニコルソン
何度100円玉を入れても戻ってきてしまう。
新札ならわかるけど思い返せば小銭が認識されないことも良くあった気がする。
悪意を持ったSiriに「(確実に聞こえてるのに)すみません。よく聞き取れませんでした」と言われ続けてるような、自動ドアが「お前の影は不明瞭だ」と反応してくれないかのような、腹が立ってきた。体温がある人間を舐めるなよ。
最寄りの古めの自動販売機と不毛な格闘をして日付が変わった。
金宮を炭酸水で割りたかっただけなのに。
メキシコの独立記念日と同じ日に産まれた私は、
さまざまな色の光のあいだを、
さまざまな形の影が通り過ぎていった。
腕を組んで歩いている若い男女、小さな子供を連れた夫婦、まだ幼い制服姿の中高生カップル。
その一つ一つが、私のことを、頭の先からつま先まで、丁寧に責め立てる。
彼らが出会った頃、
あの若い男女が、好きだと思える相手と出会うきっかけを掴むべく何かしらの努力をしていた頃、
あの夫婦が、今の私には想像もできないような覚悟で結婚を決め、子供を作ると決め、手を取り合って妊娠を喜びあっていた頃、
あの中高生カップルが制服を脱ぎ裸になりあなたに気持ちよくしてもらいたいというとんでもなく恥ずかしいことを言えるほど心を許せた頃、
あの人たちがこれから出会うだろうさまざまなことを、私はきちんと、経験してこられたのだろうか。
彼らがこれまでに過ごし、そしてこれから過ごすであろう誰かのために生きるという時間を、私はこれまで、ほんの少しでも過ごしていただろうか、それともこれからきちんと過ごせるのだろうか。
クレジットカードの決済で出てきた秘密の質問で「1番落ち着く場所はどこですか？」がわからなくてロックがかかる。
ライブが始まるまでの時間みんなで折り込みのチラシを作るときとかに笑かし合いをするような能動性や人間力が歳を重ねると大事なことがわかった。しかし、反面教師のように私は黙々と作業を続けてしまう。
意識は無意識の奴隷だ。
死にそうな顔でランニングしているおじさんを見ると変わろうとしているというか帰りであって欲しいと願うばかりだ。
「見守りをお願いします」
ある日、徘徊してしまうおばあちゃんをお部屋でマンツーマンで見守る業務だった。
介護の現場はカイテクというアプリで四六時中募集している。需要と供給が全く追いついていない。
ここははじめての施設だった。
「なんでもいいからいててちょうだいね」
時間との闘いだった。
しかしそういう時に収穫はあるものだ。
お部屋の中央にある歩行レールが微妙に邪魔な位置にあり、そこを潜って物をとってあげたり洗濯物を畳んであげたりしていると、おばあちゃんが笑った。
「あなた、身体柔らかいわねぇ。面白いわぁ〜」
90㎝くらいのサイドのレールの下を潜っただけだがなんだか珍しいらしい。なるほど。
「え？どういうことですか？」
また、潜る私。
「ひぃー面白い人〜そこ潜るなんておかしいねぇ」
すごく笑ってくれる。自分の中の奥底にあったドーパンが出た気がした。
「え？こうですか？こうですか？」
調子に乗り何度も潜る私。
「ひぃーーやめて〜おかしいのよぉ〜」
歩行器のレールの下を潜る度に笑ってくれるおばあちゃん。今、おれは能動的に笑いを取りに行っているぞ…！
「こわいよぉー！助けてぇー！」
ん？あ、なんかリアクションが変わってる。
「どうしました？」
ナースコールを押されて駆けつけたスタッフに説明をしたが、「はぁ」で終わった。
「イデオロギーなんてどうだっていいじゃないか」
ナイスなモノマネで転職サイトで活動家を勧められていそうな相方から、「今日絶対それ渡すじゃん！」というバレバレの誕プレを帰り道貰ったのは、通常通り、地続きな道をしっかり進むしかないんだろうと思わせてくれた。
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