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高圧経済論と有効需要原理は別物だよ

 さて,年の瀬もおしせまって参りましたがみなさまいかがお過ごしでしょう? 2023年が残すところあと4日なんて……不都合すぎる真実です.この年の瀬に発売というなかなかチャレンジングな新刊ですが,みなさまのおかげさまをもちまして,それなりに注目いただけているようです.

 さて,本日の話題はあいも変わらずの高圧経済論です.高圧経済論は好景気が生産性・生産能力そのものを向上させるという主張です.高圧経済の維持に財政・金融政策が必要(になることがある)ため誤解されがちですが--「高圧経済論」と「有効需要の原理」は全然違うロジックです.ここを混同しないで欲しい...

供給能力と総需要

 有効需要の原理は,有効需要の増加が稼働率向上や失業率減少を通じて現実のGDPを上昇させるという論理です.そのため,「経済の供給能力に比べ,有効需要が小さい状況」にあることが前提になります
 一方の高圧経済論は,「供給能力にくらべて,需要が大きいと……供給能力が上がる」という話です.そもそも想定している状況が正反対なんです.またその反対に「需要不足環境が続くと,供給能力自体が低下する」と言っても良い.ただし,後者は履歴効果(ヒステレシス)と呼ばれることが多いです.

なぜGDPが上がるのか

 両者ともに「需要が増えるとGDPが上がる」ので,「細かいことは気にすんな!」と言われるかもしれません.しかし,GDPが上昇する理由を検討すると両者には結構重要な違いがあることがわかります.
 
 有効需要の原理で経済を引き上げるのは,失業減・稼働率向上です.そして,働く人や稼働する設備が増えるんだから……GDP(総生産)は当然上昇する.そして,GDPは付加価値生産ですから,同時に誰かの所得になります.所得が増加すると消費が増える.消費需要が増えることで,これまた有効需要の原理が働くというわけ.このような波及がおなじみの乗数効果です.

 一方で,高圧経済論において需要が供給力を引き上げるのは労働力移動や設備投資が原因です.需要が供給能力を上回る状況では,人手不足が深刻化しますから転職が容易になります.転職は多くの場合「よりよい給料」をもとめて進む.よりよい給料を払える職種はフツーは(!ここ重要!)生産性の高い企業・産業・ポジションでしょう.その結果,より高い生産性を達成する労働者が増えるため,経済全体の生産性が向上するというロジックになります.
 産業単位では「低生産性産業から高生産性産業へ」,企業レベルでも「低生産性企業から高生産性企業へ」の労働移動が高圧経済論における経済成長の源泉です.
 また,労働移動だけではなく人手不足に対応した省力化投資が行われる,または経営の合理化によってより効率的な経営方法が選ばれるようになるといった論理も高圧経済論としてまとめられます.

包含関係はあるか?

 ちなみに失業者が雇用されることを「失業部門から就業部門への労働力移動」と捉えると,有効需要の原理は高圧経済論の一部として包含される……という見解もあり得ます.『高圧経済とは何か』(原田・飯田編,きんざい)の第四章は基本的にこの立場ですし,頷ける部分もあります.
 ただ,私はこれは完全な包含関係(↓こんなの)ではないと思います.

http://benzumaker.com/

所得増からの二次効果--所得増で消費増,消費需要増で失業が下がりってさらに所得増のステップ,つまりは乗数効果も有効需要の重要な一部だからです.そして,このステップは高圧経済論にはありません.
 高圧経済状態で省力化投資が拡大し,投資需要の拡大がさらなる高圧経済を生じさせるならば。。。ちょっと乗数効果っぽいですが,ここには「所得増から消費増」というステップは存在しません
 基本的には,両者には一部重なるところがあるけど……基本的には異なる経済状況に対する異なる経済モデルであると捉えておいた方が無難でしょう

大きな違いと不都合な真実

 さて,両者のロジックの違いは「どのような財政政策が必要か」に全く違うインプリケーションを与えます.

 有効需要の原理には「財政を何に支出するか」という論理ステップはありませんここ大切!! もちろん,有効需要の原理を念頭に政策提言をする人は同じ財政支出なら長期的に役に立つものに支出すべきだ……というでしょうが,これは有効需要の原理とは別の論理を援用しているか,社会常識として付け加えているだけです.「穴掘って埋めるだけでGDPが増える」事こそが有効需要の原理の肝です.そして,これは需要不足環境では正しい.

 一方で,高圧経済論で需要がGDPを増加させるのは,あくまでそれが生産性向上につながる場合に限定されます.例えば,低生産性産業への支援に財政支出を行うと……労働力が低生産性産業にむけて移動するため,生産能力の向上やGDPの増加が起きないのです.

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