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固定費と実感可処分所得

 先月の『中央公論』特集に「日本に横たわる格差と格差 " 感 "」という小文を寄稿しました.特集そのものは親ガチャ問題に代表される格差の継承についてなのですが,テーマの真ん中は多くの人が書くようなので,少し変化球で「主観的な格差意識」に注目しています.

 上記記事では「理想の家族」という幻想が主観的格差を生み出すという点に注目していますが,今回は東京一極集中から主観的格差が生まれる理由についてお話します.


固定費とシュワーベの法則

 所得格差や資産格差--それ自体も確かに問題なのですが,

・日本の所得格差は過去10-20年で横ばいかやや改善気味
・そもそも日本の所得格差や資産格差は海外に比べるとかなり小さい

にもかかわらず,意識調査では「格差を感じる機会が多い」「格差が拡大している」という回答が増加している.

 このような客観的格差と主観的格差(格差意識)の乖離の原因として,あげられるのが固定費の存在です.
 ここでは,住居費・最低限の食費・社会保険料etc.フツーに生活していたらかかってしまう費用を固定費と呼びます.一方で,その月・その日に何に使うか/使わないかを決められるーーいわば「自由になるお金」は可処分所得から上記固定費を引いたものになります.これを実感可処分所得と呼びましょう.整理すると,

実感可処分所得=可処分所得ー固定費

です.可処分所得が倍になっても固定費は倍にはなりません.年収が倍になっても家賃倍の部屋に住んだりしませんものね.その結果,年収が高まるほど支出に占める住居費の割合が低くなる現象は古くから知られ,シュワーベの法則と呼ばれます.

※収入に占める固定費の割合というとエンゲルの法則の方が有名ですが……実はエンゲルの法則は日本ではあまり当てはまりがよくありません.収入増えると割と食費は比例的……とまでは言えませんがそこそこ大きく増えます.

実感可処分所得

 「金がねー!」って実感するのは「今目先で買いたい物を買うお金がない」「給料日までの残り予算が極小」なときではないですか? 家や車のローンを組むといった大きな買い物をする際に重要なのは所得そのものです.しかし,ローンを組む機会より日々の買い物で「あっ!今月ピンチ」と思う機会のほうが頻度が高い.
 「実感」は頻度の高い経験によって左右されます.これは食料品の値上がりが一番「物価ががっているという認識」を強める(実際の「物価」はたいしてあがっていなくても)のと同じ理屈です.

 極端な例ですが……年収500万+固定費400万の家計と年収1000万固定費600万の家計があったとしましょう.このとき年収の差は2倍です.しかし,固定費を差し引いた実感可処分所得は100万円と400万円の4倍の差があるということになる.
 実感可処分所得から主観的な「格差感」が形成されていると想定すると,固定費の増大が格差感を強める原因になる.仮に,上記の例で固定費がそれぞれ50万円上昇して450万円と700万円になると......実感可処分所得は50万円と300万円の6倍になるわけです.

東京という固定費

 日本における格差感の拡大は固定費の上昇にあるのではないか.その固定費上昇の理由として,元記事では,「理想の結婚生活」「理想の家庭」のインフレに注目しています.
 築浅いマンションに住んで,夫婦の時間を楽しみ,時に旅行に行き・・・子供には十分な教育を...みたいなのが「当たり前」のことのように意識されればされるほど最低限必要な固定的費用はどんどん上がっていく.このあたりの話のうちの雑誌には書きづらい部分はどこかでお話します.

 そしてもうひとつの固定費高騰の原因が「東京に住むこと」です.人口が固定費の高い東京に集まれば集まるほど,実感可処分所得の格差は大きくなる.今回はこれをデータで見てみましょう.

 ここで使うのは全国消費実態調査(H28)です.同データのうち所得階層上位40%~60%に注目しましょう.所得中央値±10%での比較です.そのうち...理想の家庭生活にかかる費用みたいなのは図れないので,ここではざっくり食費+住居費+水道光熱費の合計を基礎支出と考えて集計しました(なお住居費は家賃+帰属家賃).

結果は....

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 東京と大分で一般的な生活をする家計の基礎支出・・・いわば固定費が1.5倍ほども違う! その結果……可処分所得から基礎支出を除いた実感可処分所得では,元々の所得中央値が高い県に交じって,東京都と大阪府がワースト10に入ってきています.

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 東京・大阪などの大都市圏はたしかに収入が高い仕事がある.しかし,基礎的な支出を控除すると……実はあまり豊かな生活を送ることはできない地域であるということが分かります.

 このような高固定費地域に住む人が増えれば,実感可処分所得の格差を意識しやすい人が増える.これもまた格差感の増大の原因なのではないでしょうか.

P.S.

 可処分所得や固定費……いまかなり粗目に推計しているので,もうちょっとちゃんとやったら47都道府県ランキングの記事にします.

 それにしても茨木・山形の好調さはなんなんだろう.都道府県別成長率でもこの2県はほんとにいいんですよね.その一方で,日本で一番固定費が低いのに実感可処分所得も低位の大分県も謎...このあたりはやはり行ってみて話聞いてじゃないとわかんないなぁと.


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