『経済の論点がこれ1冊でわかる 教養のための経済学 超ブックガイド88』発売中です

 告知遅れましたが,今週,『経済の論点がこれ1冊でわかる 教養のための経済学 超ブックガイド88』が発売となりました.編者は立命館大学の松尾先生,駒澤大学の井上先生,そして私です.

 この本の趣旨は,興味を持つ経済問題・課題ごとに専門的な知識なしによめる良書を紹介することで現象面から経済に興味を持っていただき,経済学を学ぶなおすきっかけにするところにあります.
 大学などでの経済学入門ですとどうしてもミクロ・マクロ・学説史あたりが入り口になってしまう.でも,こういう論理面から経済・経済学に入っていける人って希だと思うんですよね.多くの場合,○○政権の経済政策に興味がある,貧困問題を解決したい,株式投資で勝ちたい!みたいなところから経済に興味をもつのではないか.そんな観点から編纂しています.

(あとは88冊分の基本書をこの一冊で読んだ気分になったり,読んだふりをするためにも役立つと思いますが……そのような使用法はけして推奨しません)

目次はこんな感じです

◆はじめに (飯田泰之)
◆Discussion:経済学入門、最初の一歩 飯田泰之×井上智洋×松尾匡

◆Book Guide & Summary
飯田泰之:「景気」の読み方/「景気」の基本を学ぶ前に/Book1〜9解説
北條雅一: 働く人のための「雇用」の経済学/「雇用」と就職、そして教育格差を考える/Book10~16解説
小田巻友子:「貧困・格差」問題への道案内/「貧困・格差」問題とどのように向き合うか/Book17~23解説
佐藤綾野:「国際経済」から世界の趨勢を見る/「国際経済」の見方を知ろう/Book24~30解説
中田大悟:経済学からみた「社会保障」の必要性/「社会保障」の学び方/Book31~39解説
増田幹人:「人口減少・高齢化」問題の経済予想図/「人口減少・高齢化」問題ことはじめ/Book40~46解説
奥山雅之:小さくても魅力あふれる「地域経済」の育て方/「地域」から経済を考える/Book47~53解説
朴勝俊:「環境と経済」を考えるためのレッスン/「環境と経済」の関係を学ぼう/Book54~60解説
井上智洋:「先端技術と未来の経済」を予測する/「先端技術と未来の経済」の基礎知識/Book61~67解説
矢野浩一:「データ・統計」を用いて経済を把握する/「データ・統計」の読み方/Book68~74解説
松尾匡:なぜ「経済学史」を学ぶのか/「経済学史」を通して、経済学の志に触れよう/Book75~81解説
飯田泰之/スタンダードな「経済理論」を学ぶ/「経済理論」への招待/Book82~88解説

◆おわりに(松尾匡)

はじめに(をちょっと立ち読み)

 本書は、これから経済学を学び始めようとしている学生・ビジネスパーソンのためのブックガイドです。ただし、単なる本の紹介ではありません。経済学の各分野がどのような問題に対し、どのように考えているのかを知ることで「経済学が何をしているのか」をざっくりと知っていただきたいというのが第一の目標です。
 新しい仕事を始める時、新居に引っ越す時、初めての土地に旅行に行く時―多くの人は、「新しい職場のおおまかなイメージ」「土地の人々の雰囲気」を知っておきたいと思うのではないでしょうか。本書では12の分野について、それぞれの研究分野の特徴を解説した上で、予備知識なしに読むことのできる入門書の概要を、そしてやや専門的な書籍については結局のところ何を主張しているのかを紹介することを通じ、「経済学と呼ばれる領域がどのような研究をしているのか」のイメージを持っていただきたいと思います。

 私たちの生活・ビジネスはともに経済活動と切っても切れない関係にあります。その「経済」を学び・研究する学問であることから、経済学に興味を持ったという人は多いでしょう。しかし、多くの「経済学の本」は皆さんの生活・ビジネスの疑問に直接答えるものにはなっていません。たまたま手に取った経済学の本が自身の疑問に答えるものになっていないことから、「経済学は役に立たない」と感じてしまう人も少なくないようです。
 このようなすれ違いは、研究者と読者の興味関心が異なることから来ています。例えば、皆さんが「余裕ある老後のために貯金はいくら必要なのか」といった疑問を持つのに対し、多くの研究者が興味があるのは「老後のために人はいくら貯金するのか」です。個人の問いが「べき」に関するものなのに対し、研究上の関心は現実の人々の行動がどのようなもの「である」かが中心です(私も個人としては「いくら必要か」が知りたいです)。そのため、経済学の研究成果を自身の生活・ビジネスに活かすためには―「世の中はこのようになっている」から「だからこのように行動すると有利だろう」を自分自身で引き出す追加のステップが必要です。
 個人や個々の企業が置かれている状況はあまりにも多様です。そのため、特定の書籍の話があなた自身、自社の環境そのものに完全に当てはまる可能性はゼロと言ってよいでしょう。「答え」が書いてある本を探すという不可能に近い作業に時間を費やすよりも、「である」に関する本から自分自身で「べき」を引き出すほうが効率的です。経済問題について良質(?)な「である」を仕入れる方法として、経済学を学んでみませんか?

 また、経済政策に関する論争から経済学に興味を持ったという人も多いでしょう。構造改革・金融政策・財政再建といったテーマについて、経済学者からエコノミスト、さらにはSNS上でも盛んに議論が続けられています。ここから、特定の経済政策―例えば、消費税を減税すべきだといった主張をすることが経済学の、経済学者の仕事だというイメージをお持ちの方もいるかもしれません。私(飯田)も、他の編者2人も活発に政策提言を行ってきましたが、このような提言は経済学研究の中心課題ではありません。あくまで研究上の関心は経済問題の状況や特徴をつかむこと―つまりは「である」を知ることにあります。そこから時に現代の経済政策に対して(少なくとも言っている本人は有益だと思う)政策提言―「べき」を示すこともある。あくまで後者はオプション的な活動です。
 何が正しい経済政策なのかを考える時には必ず価値の問題が混入します。高齢者への社会保障充実と若年層の生活支援、規制のない自由な取引環境と不自由だが安定性の高い取引制度―そのいずれを優先すべきか、もちろん各研究者の心の中にはそれぞれの評価軸があります。
 その評価軸が皆さんのものとは異なることも多いでしょう。自分とは相容れない価値判断を持っていても、その人の経済分析(「である」の部分)には有用な情報が含まれていることは少なくありません。自分としては全く賛同できない主張、その背後にある分析から有益な情報を抽出するためにも経済学の知識は大いに役立ってくれます。

多岐にわたる経済学の研究分野、とっつきにくい経済理論、複雑な現代経済の課題について研究者はどのように考え、どのような分析を行ってきたか―88冊の書籍紹介を通じてざっくりと理解しておくことで、今後の皆さんの思考の中で上手に「である」を仕入れ、自分自身で「べき」を導く準備にしていきましょう。

飯田泰之

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