愛する人のために傷付いた

これは私が中学生の時の話。

私は中学一年生の頃から中学校の国語科の先生が好きだった。国語の授業は三年間その先生が担当して下さったし、三年間学年の先生として面倒を見て下さった。中学三年生の時には学級担任として受験のサポートなどたくさんお世話になった。

もちろん在学中は付き合えないことは知っている。だけど、一年生の頃からずっと頻繁に目が合ったりしていたから「脈アリかも」なんて思っていた、本気で。だから毎日が楽しかった。

しかし、三年生になって状況が変わった。新しい先生が春に入ってきた。その先生は好きな先生と三歳ほどしか歳の差がなく、よく二人で話しているのを見かけた。私は恋愛心理学を学んでいる上に昔から人の気持ちに敏感なHSP気質な所があるからすぐに好きな先生が新しく入ってきた先生に対する気持ちに気付いてしまった。それからはせっかく好きな先生が担任なのに学校があまり楽しくなくなり、先生を好きでいるのが辛くなった。もっとアピールして私のことも見て貰えるようになりたいのに、生徒だから、未成年だからという揺るがない理由でアピールすら出来なかった。こんな状況でも先生と目が合った日はまた舞い上がってドキドキしていた。

先生のサポートのおかげもあり受験は志望校に合格することが出来た。先生からは「おめでとう」と笑顔を向けられ、頑張って良かったと心から思った。しかし卒業が近付くにつれ先生とあの先生との距離がどんどん近付いている気がした。

卒業式の予行練習が始まり、卒業を意識するようになった。卒業してしまったら先生とは会えなくなってしまうと思うと同時に、卒業したら先生と付き合えるという思い込みもあった。きっと、そうやって思い込むことで傷付くことから逃げようとしていたのだと思う。最後の先生の国語の授業が終わったあとはトイレで一人泣いたし、卒業式前日の夜はベッドで好きな曲を聴きながら静かに涙を流した。

そして、ついに、卒業式当日。結果を言えば私が人生最大の失恋をした日。

卒業式が終わり、最後のHRで先生は私のいるクラスにこう言った。「みんなが最初の卒業生で本当に良かった」と。この瞬間、式中に泣いて濡れていた目元がさらに涙で濡れてしまった。そして思った。私は一生、先生の生徒なんだと。

HRが終わり、記念撮影をし、解散になった。先生は私に何も言ってこない。これが答えだと思った。私はそこで初めて現実を受け止めた。「先生は私が好きではない」ことを。全て私の思い込み、目が合ったのは私が見てたから。

私は先生の前へ行った。そして前日の夜に涙ぐみながら丁寧に書き上げた手紙を渡した。先生は驚きながらも「ありがとう、○○さん」と最後に私の名前を呼んで下さった。手紙には授業のお礼や感想、受験期のサポートへのお礼などを書いた。好き、の文字は書いていない。そう、私は自分の気持ちを抑え込んで校門を出たのだ。

告白は誰がされても嬉しいと思う。だから私も卒業する一週間前までは告白するつもりもあった。しかし、私は分かっていた。ずっと。先生は私のことが好きじゃない、当たり前だけど、先生は生徒をなかなか好きにならない。そして、先生の目線の先にはあの先生がいる。だったら、私は先生の生徒としていなくなるべきだと思った。先生を困らせたくないしこれからの生徒への接し方が変わってしまう可能性が怖かった。ずっと先生には私が好きになった先生でいて欲しかった。だから、三年間分の思いは全て私の中に閉まった。思い込んで現実から逃げる私はもういない、現実と向き合って愛する人のために自分が傷付く道を自ら選ぶようになれたのだ。

先生とあの先生が今付き合っているか、そもそも本当に先生はあの先生が好きなのかは分からないが私はこれで良かったと思っている。私はまだ先生のことが頭に残っている。完全には気持ちを捨てられていないみたいだ。何気ない日常の中には先生を思い出す瞬間がたくさんある。私の生きる糧は先生だったからそれを失った今糧がない。だけど、愛する人のために自分を傷付けた自分のことは一生掛けて褒めてあげたいし、自慢出来る。告白して好きだよと言葉に出すこと、伝えることも大事なことだしそれこそが愛だと思う。が、こういう愛の形もあるんだよと皆に伝えたい。愛とは相手のことを思いやる強さのこと。きっと私の愛は本物だった。

いつか、また愛する人が出来た時。また本当の愛で愛してあげたい。次はお互い幸せになりたい。

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