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《ボッティチェリ4刷記念》★この本について(柴田元幸)を公開します

ボッティチェリ帯付き最小サイズ表1

バリー・ユアグロー/柴田元幸訳『ボッティチェリ 疫病の時代の寓話』が発売3ヶ月にして、4刷となりました。これを記念して、本書収録の★この本について(柴田元幸)を公開いたします。

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★この本について 柴田元幸

 ここに収めた十二本の物語は、二〇二〇年四月五日から五月十一日にかけて、都市封鎖状態の続くニューヨークのクイーンズから届いた。一本目の「ボッティチェリ」が添付されていたメールには、「正気を保つため」に書いた、とあった。少しあいだが空いてから、二本目以降の作品が続々送られてくるなかで、どうやらこの非常事態が契機となって、作者が自分のなかの深い部分に降り立っていることが伝わってきた。もちろん日本で翻訳が出れば喜んでくれただろうが、出版したいからというより、ただただ書かずにいられないから書いていることがよくわかった。だからこそ、こちらとしてもぜひ日本の読者に届けたいと思った。九、十本目が同時に届いた時点で、形が見えた。十本あまりの寓話から成る、ある時期にひとつの場所を包んでいた、だがほかの多くの場所でもある程度共有されていた特殊な(と思いたい)空気を封じ込めた小さな本。これを、すでにバリーの物語の翻訳原稿を包装紙にして、オーナーがユアグロー・ファンである三軒茶屋のカフェnicolasでサンドイッチを販売する(むろん物語にはサンドイッチが出てくる)というアイデアを実現させていたignition galleryの熊谷充紘さんに作ってもらいたいと思った。デザインも、包装紙と同じく横山雄さんに依頼する。五月十一日にメールで熊谷さんに打診したところ、ぜひやりましょう、と電光石火の返事をもらった。もちろんバリーも非常に喜んでくれた。これを書いている今日は五月十五日だが、順調に進めばあと二週間くらいで小さな本が出来上がる。誰よりもまず作者バリー・ユアグロー氏に感謝するが、熊谷さん、横山さんにも深く感謝する。

「ボッティチェリ」はバリーが目下「オヤジギャグの華」を連載中の雑誌『波』(新潮社)二〇二〇年六月号に一足先に掲載されるはずである。もう一本、別の作品が別の雑誌に掲載される可能性があるが、現時点では未定である。いずれにせよ、封鎖されたアメリカ東海岸の街から日々届いた物語は、ここに全部入っている。 

いつもなら「楽しんでいただけますように」と最後に書くのだが、これは違うだろう、と一瞬考えたが、やっぱり違わない、と思う。楽しんでいただけますように。

二〇二〇年五月十五日 東京で

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バリー・ユアグローが現実に辿り着くための手法であり精神的な速報でもある「寓話」が、多くの日本人にも響いていると実感しています。
9.19にはNYと東京を繋いでユアグローと柴田元幸さんの朗読&トークイベントをオンラインでライブ配信しますので、ご興味を持った方はぜひ同じ時間をわかちあえましたら。

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