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セレンディピティ オブ ホワイト


それは、何の前触れもなく僕の手首に訪れた幸福。
平和の象徴、ウ○コ。





僕は走る。
あーまいったどうしようもなく爽やかな日差し木漏れる林道を
これでもかと言うくらい気持ちよく、ただひた走る。

そんな快楽渦の僕に、折からの爆撃

べちゃ

あまりに突然の初体験に体中のミトコンドリアというミトコンドリアから狼狽という電気が走る。

なんて日だ!
なんと平和ボケした僕の左手首に、平和の象徴から落とし糞を食らったのだ!

$%&#! (声にならない声)

すぐさま人生史上最速のスピートで蛇口をひねり、必死で生命のエネルギーエッセンスの滓を削ぎ落とす。足元はびちょ濡れだ!




あーあとんでもないもの経皮吸収してしまった。なんてツイてないことだろう。マンガみたいなことって起こるんだなー


さ!
と、仕切り直してまたジグザグ走ろうとしたその時だ。

仕切り直し?

刹那の逡巡。一つの仮説が立ち起こる。



いま俺はノーダメージ

患部は左手首。衣服にはなんの被害も見当たらない。

そして極めつけの奇跡はこれ。
公園の水道が目に見える範囲で手ぐすねを引いて待っていた、ということだ。




−−−−−執念の激走だった。
小中高と体育会系の僕が本意気のスピードを出したのだから
おそらく10mほどの距離にあったであろう目的地にへは2秒足らずで辿り着いた目算が立つ。

これには手ぐすねもビッチャビチャになっていただろう。

【手ぐすねを引くの語源・由来】 手薬煉を引くの「薬煉(くすね)」とは、松ヤニを油で煮て練り混ぜたもので、弓の弦などを強くするために塗られる粘着剤である。 合戦の前、十分な態勢で待ち構えるために、この薬煉を手に取り弓の弦に塗ることから、「手薬煉を引いて待つ」と言われるようになった。



つまり
ほどなく正常に戻った、ということだ。
ゼロになったのである。


「そもそも落とし糞なんてくらわないほうが幸せじゃん」

との凡百の声が聞こえてきそうだが、
大変に、大変に錆びた切れ味の悪い横槍である。

それならもうジェットコースターもスノボーも、
どうせその地点に帰ってくるんだからおやめなさったほうがいい。

その昔、お道具箱が汚くて先生に怒られていた隣の阿呆が
「どうせ汚くなるんだから片付けても無駄」と嘯いていたので
ちょっぴり融通の効かない正義感あふるるギンジ少年は、返す刀にこう言った。
「じゃあどうせ人間くたばるんだからいま生きてても無駄だろ。さっさと○ね」

そんな具合を申し上げたところ、
鬼の子どもよ!よろしくボコボコに怒られたことを鮮明に覚えている。なぜか児玉先生は怒ると男口調だ。


儚いこの人生、上り坂と下り坂の過程を楽しまねばツマランだろう。



これはもう不幸ではない。それでは不幸中の幸い、?

いや、もはやこれは幸せなんだ、と。 




日本が幸福度ランキング世界の中で下層にいる理由はなぜなのです。(出典と方法は知らん)

蛇口を捻れば飲める水が出る。女性が夜道を千鳥歩いていても大丈夫だ。
識字と水と安全の保証という果てしないゴールデンラッキーが厳然とある中で、我々はそのことをなぜ誇らない。


幸せとは降ってくるものではなく、
主体的に自分で見つけるものだ!


天高くウ○コを掲げろ!!!





と改めて気付かされた
そんな晴れた日のセレンディピティ






心なしかいつもより早いペースで
また林道を駆けていく











PS


さはさりながら落とし糞の名称は決して正しくないと思っている。
なんて呼称しよう
【ハッピードロッピング】 【フォーチュンエンカウンター】 【白色の福音】
などどしどし意見おくれ。

もし衣服や髪や靴についた場合は
【飛来☆ですぱれいと】 【余剰】 【暗黒の白点】

何にしようか。

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