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『管轄レベルのREDD+とは?プロジェクトレベルのREDD+との大きな3つの違い』

ウェビナー「森林カーボンクレジットの動向:管轄REDD+とは何か?」フォローアップ その1


先月、IGESでは「森林カーボンクレジットの動向:管轄REDD+とは何か?」と題したウェビナーを開催し、多くの方にご参加いただきました。ありがとうございました。事後アンケートで、「ぜひ文面でも議論の結果をまとめてほしい」、「可能な範囲で答えられなかった質問にも回答をしてほしい」などの温かいご要望をいただきましたので、こちらのノートで、2回に分けて議論の結果と質疑の回答を公開します。

このノートはウェビナーの内容に基づいて執筆していますので、まだウェビナーをご覧になっていない方は、ぜひウェビナーの動画をご覧になってからお読みください。

その1では改めて、管轄レベルのREDD+とは何かを、プロジェクトレベルのREDD+と比較して、大きく3つの違いから振り返りたいと思います。文末には、このテーマに関する瀧本さんへの追加質問と回答も掲載しています(瀧本さん、再びのご協力に感謝申し上げます。)


違い①スケール

1点目は、スケール(規模)の違いです。ARTの場合、実施主体が、国の政府や準国政府(日本でいう都道府県レベルまで)であり、その主体が管轄する行政地域全部(国の場合は国全体だけではなく、一つの準国行政地域や複数の準国行政地域を足し合わせる申請も可)がREDD+の対象地域であることが参加要件となります。また、対象地域が国全体ではない場合は、少なくとも2.5百万ha以上の森林面積が必要という要件も定められています。このため、プロジェクトレベルのREDD+と比べて、規模の大きなクレジット化が期待できます。ARTの設立趣旨は、「REDD+の規模を拡大し、活動の実施者が民間資金へアクセスできる道筋を作ること」ですから、このスケールの大きさが、クレジットに基づき動員できる資金、並びにREDD+活動による排出削減のインパクトという点で期待できる大きな特徴となります。

違い②アクター

2点目は、アクター、つまり、活動の実施者の違いです。例えば、国全土の管轄REDD+である場合、ARTでは、政府に加えて、その国全土の活動に関心があるアクターが、政府の調整の下、参加することが可能です。政府以外のアクターとして想定されるのは、森林減少を経験する地方政府、民間企業、地域コミュニティ、先住民グループなどです。

森林減少の要因は実に様々、瀧本さんのウェビナーでのお言葉を借りると、「状況に応じて千差万別」です。例えば、国の農業政策の下、ある特定の農業作物を栽培することが奨励され、ある一定の時期に大規模な森林伐採が引きおこされる例もあれば、長年の土地所有権の問題から小規模農家がやむなく森林伐採を継続し生活に必要な焼き畑農業を行う例もあります。管轄レベルのREDD+では、国の森林管理の基礎となる政策との一貫性を担保しながら、様々なアクターの関与・協力の下、多様な森林減少の要因への対処を目指すアプローチといえます。

この多様なアプローチの中には、プロジェクトレベルのREDD+も含まれ、瀧本さんは、「管轄レベルのREDD+とプロジェクトレベルのREDD+は役割を補完し合うもの」だと仰っていました。プロジェクトレベルは、上述したようなある地域特有の状況に応じた森林減少への対処ができるという点で、管轄レベルのREDD+の重要なアクターに位置付けられます。

違い③アカウンティングとクレジットの性質

3点目の違いは、アカウンティングとクレジットの性質です。まず、最初に述べたように、対象地のスケールが、プロジェクトレベルに比べて大きいという点で、ベースラインの“ブレ“が小さいという話がありました。

ベースラインとは、排出削減(クレジット)量を算出する際の基準となる、REDD+活動を行わなかった(何もしなかった)場合に想定される森林減少に伴う排出量のことです。このREDD+活動がなく森林減少が続くベースラインの設定というのは、容易ではありません。森林減少の要因が複雑で、その要因を正確に特定したうえで将来を予測することが困難だからです。つまり、ベースラインには、ある程度の不確かさ(“ブレ“)が含まれていると考えられます。

プロジェクトレベルのREDD+の場合、プロジェクト以外の要因による影響を見落としがちで、ベースラインの“ブレ“が大きくなりやすい傾向があります。ベースラインの“ブレ”が大きいまま見過ごすと、プロジェクトの努力とは関係なく森林減少が防止された分もクレジット化するリスクが高まります。実際、過去に一部のREDD+プロジェクトについて、このベースラインの“甘さ”を批判する報道がありました。

管轄レベルのARTでは、過去5年間の国全土などの管轄レベルの排出量の平均値をベースラインに設定しているとのことです。国全土の排出量を基準とするため、基本的には、その国全体の森林減少とその要因の傾向を踏まえていると考えられています。ARTでは、個別活動による追加性までは求めず、瀧本さんの個人的な意見としても、森林減少の削減に関して、管轄レベルでは個々の活動の因果関係の追求自体、非現実的ではないかとのことでした。また、ARTでは、国レベルの場合、「5年間」という過去の排出量を踏まえれば、クレジット期間である次の5年間の予測の根拠に十分である(“ブレ“が少ない)ということを科学的根拠に基づき検証したうえで、このベースラインの設定法を採用しているということでした。

次に、アカウンティングで気になるのが、政府以外の様々なアクターが関与できるが故のクレジットの分配法です。ARTでは、同じ排出削減量を2度クレジット化しない、いわゆる二重計上を防止している限り、分配法は柔軟であるという説明でした。既に先行するプロジェクトレベルの活動がある場合、そのプロジェクトが発行するクレジット量は、ARTのTREESと呼ばれるクレジット量から差し引くか、あるいはプロジェクト実施者が政府と合意・協力の上でプロジェクト独自のクレジットではなく、TREESクレジットの分配を受けることができます。また、まだプロジェクトは実施していないものの、管轄レベルのREDD+に貢献していると考えられる場合、TREESクレジットを受け取る権利があります。プロジェクトの実施には、一連の長い期間を要する申請書類の準備、提出、プロジェクト開始後のモニタリングや第三者機関による定期的な検証など、相当な労力・知識・資金を費やします。そこまでは余裕がないけれども、森林減少に既に十分貢献しているアクター(例えば、地域コミュニティや先住民グループ)を巻き込める点において、私は管轄レベルの可能性を感じました。あらゆるアクターを巻き込めることは、森林減少に伴う排出の移転(リーケッジと呼ばれる)の防止にも繋がります。

最後に管轄レベルのREDD+のアカウンティングに関連して話題となったのが「相当調整」の話でした。相当調整とは、パリ協定6条2項で定められた国際的な排出削減量の取引きに関するアカウンティングのルールで、各国政府が、自国の定める目標(NDCと呼ばれる)に他国で達成された削減量を国際移転し活用する場合、移転元の国(例えば、ガイアナ)は、移転した分の削減量を自国の削減量から差し引いて調整しなければなりません。これは、二国以上の政府が、同じ削減量をパリ協定下の目標達成に活用する二重計上を防止するために必要なルールとして定められています。ただし、企業などが自主的に参加する炭素市場では、このルールは必須ではなく、各スキームの判断に委ねられています。この相当調整については、日本政府が主導するJCM(二国間クレジット制度)やCORSIA(国際⺠間航空のためのカーボン・オフセットおよび削減スキーム)に関連してご存じの方も多いかも知れません。

ARTでは、参加する政府が希望した場合、レジストリ-上、この相当調整への対応が可能との説明でした。つまり、TREESクレジットが移転先(例えば、日本)の国のNDC達成に活用された場合、移転元の政府(例えば、ガイアナ)がそのクレジット分を相当調整する(自国の排出削減達成分から差し引く)ことを約束し、クレジットにその情報が紐づけされます。このため、パリ協定でも“安心して”使えるクレジットとして取り扱われる可能性があります。

瀧本さんによる追加質問への回答

質問Ⅰ 吸収クレジットについて
吸収クレジット発行の考え方について教えてください。TREESで発行されるクレジットに削減量と吸収量の両方が含まれる場合、どちらであるか区別はされるのでしょうか? 区別する、またはしない理由を教えていただければ幸いです。

回答Ⅰ
吸収(Removal)のクレジットは、現時点のTREESでは、管轄区域全体の中で、非森林から森林(森林の定義はその国の定義による)に移行した地域についてのみ対象としています。また対象地域が吸収の活動が始まる以前5年間は非森林であったことを証明する必要があり、吸収クレジット申請のためにそこにあった森林を一度伐採して植林しなおすということはできません。加えて、これは確かセミナーでも言及したと思いますが、吸収のクレジットは、その年に管轄区域全体で、Deforestation, forest degradationによる排出が排出ベースラインよりも下になっている(つまり全体的に排出削減ができている)年にしか申請できないことになっています。これにより、管轄区域全体で森林からの排出が削減できていないのに一部の地域で大規模に植林しているから差し引きプラスで吸収できている、というクレジット申請ができないようになっています。吸収分の換算方法についてはTREES 2.0 Section 5.3 CALCULATING A TREES CREDITING LEVEL FOR REMOVALSを参照ください。

ARTのクレジットは、レジストリー上で削減、吸収、またHFLDのクレジットであるかがすべて見えるようになっています。これはARTで発行されるクレジットの透明性の確保の意味と、買い手側への情報開示(特定の種類のクレジットに興味のある買い手もいる)の意味があります。上でも言及しましたが、吸収クレジットは、それぞれの申請年で排出削減クレジットが発生している参加国(準国)にしか発行されないため、吸収クレジットは、常に排出削減クレジットと同時に(レジストリー上別の枠で)発行されることになります。

質問Ⅱ クレジットの分配について
クレジットの販売収益が政府に流れる際に、特に政府の資金管理能力や透明性の確保が不足している場合、プロジェクト実施者やコミュニティ等に適性に分配される資金の流れを担保するために、ART・TREEとしてどのような仕組みがあるのでしょうか。

回答Ⅱ
TREESでは国レベルの利益分配計画の提出は義務付けていませんが(プログラムレベルなども可)、公平で適正な利益分配システムにより、REDD+プログラムからの収入が関係者に分配されていることを証明することは義務付けています。 これらはすべてTREES 2.0のsection12 ENVIRONMENTAL, SOCIAL, AND GOVERNANCE SAFEGUARDSのところで定められていますが、抜粋すると、以下のような項目で、参加国(準国)にセーフガードに必要な事項を確認しています。

  • By promoting transparency and preventing and combating corruption(透明性の向上と汚職防止)

  • By requiring participating jurisdictions to respect, protect and fulfil land tenure rights(土地所有権の尊重、保護、達成)

  • By requiring participating jurisdictions to respect, protect and fulfil human rights of Indigenous peoples and local communities, or equivalent. These rights include benefit sharing(先住民、地域コミュニティ等の人権の尊重、保護、達成(利益分配を含む)

  • By requiring participating jurisdictions to respect, protect and fulfil the right of all relevant stakeholders to participate fully and effectively in the design and implementation of REDD+ actions(全ての関連するステークホルダーがREDD+活動の計画・実施に完全、また効果的に参加できる権利の尊重、保護、達成)

  • By requiring participating jurisdictions to promote adequate participatory procedures for the meaningful participation of Indigenous peoples and local communities, or equivalent(先住民、地域コミュニティ等による有意義な参加のための適切な参加型手続きの促進)

  • By incentivize the enhancement of social and environmental benefits(社会・環境的便益の強化促進)

詳しい指標等についてはSection12を参照ください。また参加国がそれらの利益分配システム等を本当に実施しているかについてはValidation and Verification Body (VVB)が毎回のValidation and Verification時にフィールド調査を含む詳細な検証作業の中で確認するため、参加国が本当に申請書類の通り分配を実施していなければ、次のクレジットの発行はありません。
 
また、セミナーでも少しふれましたが、利益分配は伝統的な金銭による分配だけではなく、非金銭的な分配(例えば土地所有権や教育、技術支援等の機会提供、市場への参加、ガバナンスの向上などが金銭的分配より好まれることも多々ある)も認めており、関係者ができる限り柔軟に自分たちの望む形でREDD+プログラムに参加・貢献できる形を目指しています。

質問Ⅲ 相当調整について
民間企業がARTで発行されたクレジットを購入しようとする場合、ART参加国政府・準国政府に直接コンタクトして交渉する必要があるのでしょうか。また、同じく民間企業が自主的利用のために相当調整付きクレジットを求めたい場合、相当調整の交渉も民間企業が直接参加国政府・準国政府としなければいけないことになるのでしょうか。

回答Ⅲ
直接参加国政府、準国政府にコンタクト・交渉してクレジット購入することはもちろん可能ですが、それ以外にも、セミナーの中でも紹介したように、買い手のグループ(LEAF Coalition
等)に参加して、グループ事務局にそれらの交渉を任せて購入するという方法もあります。また、グループに参加したくない、できない場合にも、売り手側政府との交渉や調整を請け負う仲介業者を通す、という方法をとっている企業もあるようです。もしそれらの可能性について詳細に知りたい場合にはARTにお問い合わせください。

質問Ⅳ
上述以外に、ARTでクレジットの質を担保する仕組みとして、プロジェクトレベルのREDD+には見られない特徴的なものがあれば、教えてください。

回答Ⅳ
すでに上のサマリーで多少触れられていますが、プロジェクトレベルと比べると、不確実性(Uncertainty)、リーケッジ(Leakage)、反転(Reversal)のリスクがそれぞれ少ないといえます。これは規模の問題で、排出量を推定計算する場合の誤差が、小さいプロジェクトであればあるほど、全体のクレジット量に響く割合が大きいこと、TREESではLeakageは国全体が申請地域であれば、差し引かない計算になっていますが、これも同様に対象地域のサイズが大きければ大きいほど、こちらでやっていた森林減少の活動を隣の地域に移す、ということができなくなります。 また反転(Reversal)は、例えば森林火災がある地域で起きたとしても、それはあるプロジェクトの対象地域の大半に当たるかもしれないけれど、同じインパクトの火災消失分が国全体の排出の計算の中では、そこまで大きくならない、というように、クレジットの永続性(Permanence)をより確保しやすいというメリットがあると思います。


謝辞:ARTアソシエイトダイレクターの瀧本さんに追加質問への回答、および本稿をレビューいただきました。感謝申し上げます。

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「もっと知りたい世界の森林最前線」では、地球環境戦略研究機関(IGES)研究員が、森林に関わる日本の皆さんに知っていただきたい世界のニュースや論文などを紹介します。(このマガジンの詳細はこちら)。
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文責:梅宮 知佐 IGES生物多様性と森林領域/気候変動とエネルギー領域 リサーチマネージャー(プロフィール

ウェビナー「森林カーボンクレジットの動向:管轄REDD+とは何か?」フォローアップ その2はこちら


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