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共感性から分かる自分の判断軸

皆様いかがお過ごしでしょうか。音楽家/イラストレーターのイガなおです。

昨日、新居の鍵の複製を近所の合鍵屋さんで依頼したところ、製作してもらった鍵でドアが開きませんでした。
きっと僕が好青年すぎて、もう一度逢いたいあまり職人さんがわざと不完全なものにしたのでしょう。そうに違いありません。

先程、作成した鍵を返しにいき、
オリジナルと寸法が大きく異なる箇所を指摘するなどして、おじさんと対話を重ねました。
「ここの径あと0.5mmくらい小さくなりませんかね?」といった具合です。

あのおじさんが造った合鍵で家に帰るのが僕の夢です。


僕は、人間が何かを理解したり、感情が動いたりする過程にとても興味があります。
そうなると、必然的に人に情報をインプットするための「情報媒体」についても興味が出てきます。
今日はそんな話です。

例えば、前職で仕事がたてこみ、長時間労働が続いた矢先にトラブルが発生したときのことです。
普通であれば、「さすがに今日は帰ります。。。」となるのですが、僕が尊敬していた当時の上司は、そのトラブルに対しても、真摯に、丁寧に対応していました。

その時は僕もちゃっかり参戦していたのですが、眠い目をこすりながらギリギリの状態で一緒に作業する中で、初めて彼の気持ちが分かったような、そんな感覚を覚えたのです。
彼が感じていたのが、情熱なのか、好奇心なのか、はたまた一種のフロー状態なのかは他人の僕には分かりませんでしたが、
何にせよ、僕は死にものぐるいで食らいつく彼の様子を見て、確かに強いエネルギーを感じ、それを『善い』ものだと認識していました。

僕が好きなアドラー心理学を提唱した心理学者のアルフレッド・アドラーは、「自分にとってためになる」ことを『善』と定義しています。

当時に限らず、人が何かに熱中している時にこそ、その人の本当の気持ちが初めて分かるような、そんな感覚をこれまでずっと抱いてきました。

上記のような、人の『生き様』が垣間見られるような経験が、自分の『ためになる』と感じ、求めていたのでしょうか。


僕が考えた、情報媒体における『生き様』の位置づけを下記に示します。

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人が情報伝達をする方法を、『人 to 人』、『モノ to 人』、『コト to 人』の3つに分け、
さらに『自然物』と『人工物』に分けてみました。

『生き様』はこの中で、『人 to 人』の区分に属すると思われます。
この『生き様』がどういう過程で人に情報を与えるのかについて深堀りをしました。


人間は本能的に「共感性」という性質を持っているそうです。
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共感性..."無意識のうちに自己と他者を同化させ、他者の経験を我が事のように経験する感情的な同一化"
  ※2017年9月2日 長谷川寿一(東京大学)軽井沢土曜懇話会「共感を科学する その進化・神経基盤」より
https://www.nii.ac.jp/event/upload/docs_karuizawa_h29_2nd.pdf
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共感性は、「認知的共感」と「情動的共感」の2種類に分けることができ、
僕はこれを、以下のように解釈しました。
 ・認知的共感→予測に基づくもの
 ・情動的共感→目の前の相手に反応して生じるもの

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共感性は、もともと生存戦略として、「群れ社会」を形成するために必要な性質として獲得していったものと言われています
(なので、犬や猿も共感性をもっています)。

したがって、基本的には社会に対して有益になるように発動されると考えられます。
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共感的感情反応とは,他者の感情状態に対して観察者に生起した適切なかたちの感情 反応あるいはその傾向であり,おもに他者志向的 な感情から成る。この場合の適切とは,その感情反応が他者への関心や向社会的関心に基づくかど うかで判断される (Baron-Cohen & Wheelwright, 2004 ; 村上ら,2014)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sjpr/58/3/58_372/_pdf
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ここで、僕の体験の話に戻ると、僕は彼の『生き様(課題(トラブル)に真摯に向き合う姿勢)』が社会のためになり、その『適切な事業活動(社会貢献)』が自分の幸せにも繋がると無意識化で判断して、共感していたのだと思う。

こんな風に、人間の共感性をうまく使って、生身の肉体なり、その他の情報媒体(アート等)なりを使って、行動(結果)で語れることは少なくないだろう。

僕も彼のように、ポジティブな影響を社会に与えていきたいものだ。

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