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レッサーパンダの胎児喪失の話

今回は、妊娠しているレッサーパンダの子宮内から胎児が消える話です。人間も含めて、哺乳類は着床した受精卵が成長し子供が産まれますが、お腹の中で上手く育たなかった胎児は、母体に吸収され消えてしまうことがあります。この胎児喪失に関する記述は、私のnoteではお馴染みの書籍「Red Panda: Biology and Conservation of the First Panda 2nd edition」では、以下のような記載があります。

It is possible that some females retrospectively deemed pseudopregnant instead experienced pregnancy loss, which has been documented via ultrasonography (Curry, unpublished). (要約:偽妊娠のうちの幾つかは、胎児喪失の可能性があり、胎児喪失は超音波検査で確認済み)

上記の、未発表(Unpublished)と紹介されている論文は以下になります。

この論文では、6頭の母パンダ(2010年から2020年に確認された10回の妊娠と2回の偽妊娠)の胎児およびその成長を超音波検査で確認し、出産と胎児喪失を報告しています。ここで表現している「喪失」は、母体に吸収され消えた胎児を示していて、胎嚢などの子宮内物質が体外に排出される、いわゆる流産とは違うことに注意が必要です。

当該論文によると、胎児16頭中、4頭(うち2頭は双子の片方)が喪失したそうです。
この結果を、2021年に日本で生まれたレッサーパンダ(公式発表された情報では、9頭生まれ、このパンダとは別に2頭が出産まもなく死亡)に当てはめると、15頭の胎児のうち、4頭の胎児が生まれるまえに喪失し、11頭が産まれたという推論が成り立ちます。

また、当該論文でも言及していますが、着床する前の休眠受精卵(着床遅延中の受精卵)および、着床後、超音波検査で写る大きさに育つ前に喪失した胎児については、計上できていないため、失われた胎児(受精卵)は、より多くなるかもしれません。

この論文を発表した米国Cincinnati動植物園は、妊娠、出産に関する研究を進めています。

レッサーパンダは交尾後に排卵、受精が行われるため、誘発性排卵と考えられており、その受精卵は、ランダムな期間、着床することなく休眠状態になります。そして出産時期が、子育てに適した季節になるタイミングを見計らって着床します。これを着床遅延と呼びます。交尾から出産までの期間が予測することが困難でした。

しかし、Cincinnati動植物園は、糞便から抽出したホルモンの測定と、超音波検査で得られた情報をもとに、出産日を予測し的中させる手順を開発しています。その手順を記した論文は以下になります

さらに、レッサーパンダの妊娠と出産に関する研究は、新たな発見と驚きをもたらしました。そのエピソードについて記している記事は、以下になります。

https://cincinnatizoo.org/news-releases/red-panda-cub-born-at-the-cincinnati-zoo/

この記事には以下のような記載があります。

By performing regular ultrasounds on super mom Lin, they were able to detect that she was pregnant in April of this year, but sadly the pregnancy was lost in May.  Since red pandas are seasonal breeders, the team assumed that Lin would not be giving birth this year.  But, two weeks ago today, she did!(要約:Linちゃんの超音波検査で今年4月に妊娠を確認するが、5月に流産した。今年は出産しないと判断。 しかし、彼女は出産した!)

考えられる原因として、以下の記載がありました。

“The most interesting part of this second pregnancy is that we don’t know if she had another embryo hanging out in diapause that somehow received the cue to implant after the first one was lost OR if she possibly cycled back and bred again, although no breeding was observed”  said Dr. Curry.  (要約:最初の胚が失われた後、何らかの形で着床の合図を受けた別の胚が休眠状態にあるのか、もしくは、未確認の交尾によるものかわからない)

レッサーパンダの発情時期は、概ね1月〜3月にかけてなので、5月以降に交尾が行われるとは考えにくいですが、胎児(胚)が失われた後に、知られていない理由で再発情した可能性も否定できません。また、着床した受精卵とは別に、休眠中の受精卵が存在する可能性も、レッサーパンダにおいては知られていません。しかし、ワラビーやカンガルーなどは、複数の休眠状態の受精卵を浮遊させ、着床、出産のサイクルを受精卵ごとに繰り返すことが知られています。
有袋類と胎盤類が同じ仕組みを持つとは考えにくいですが、可能性としては否定できません。

いずれにしても、知れば知るほど解らないことが出てくるレッサーパンダは魅力的で不思議な動物です。

不思議な出産体験を我々に提供してくれたLinちゃんは、日本平動物園で飼育されているホーマーちゃんと同じ母親(Baileyちゃん)から産まれた妹です。

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