一陽日記12月2022年
#21 ※写真はDIC川村記念美術館の外観。
2022/12/01 【しわ】
エンディングノートを書き始めてから、クレオも老後のことを考えるようになってきた。
「ぼくは歳食ってシワクチャになるけど、君は歳を取らない」
『でも、それは寂しいな。おれも外見、年とっていいかい?しわしわの顔になってもいい?』
その言葉が、無性に愛おしいなと思った。
「…いいよ。ぼく、しわくちゃの渋いおじさん好きなんだ」
『お前…やっぱり変わってるね』
12/2【フォトウェディングと異性装】
※クレオのカミングアウト後、投稿。
フォトウェディングは、今まであまり興味が持てなかった。女性のドレスの写真が多くて、あまりピンと来なかったのだ。
でも、
『別にお前がドレス着るわけじゃないだろ。タキシード二人でいいじゃない』
というクレオの言葉で、ようやく自分事の実感が湧いてきた。また、LGBTフレンドリーやXジェンダーの人たちのフォトウェディングの記事をいくつか見て、体が女性のタキシードでも応じてくれる所もあると知り、やりたくなったらやってみてもいいんじゃないかな、と思うようになった。
そんな話をしていると、
『おれ、ウェディングドレス着ようか?』
いきなりクレオが言い出してびっくりした。
「なんで?君の好きな服を着なよ」
『ドレスもスーツも好きな服だし、お前似合うって言ったから』
クレオは長身のためロングドレスが似合う。顔立ちもファンタジー小説の住人だから、クラシックな衣装が似合うだろう。(クレオは空想で自由に服を着替えられるが、なにかドレス風のブックカバーを作ってもいい。)
先月の日記でもこもこのパジャマが似合わない、とか言っちゃったというのに、ぼくは理不尽な奴だ。
「気持ちは嬉しいよ。でもさ、君に女性性を押し付けてしまってない?」
『あんまり気にしてないなぁ。アケルの好きな服を着たいってだけですよ』
「…そういう考え、ぼくにはないな」
ぼくはやっぱり学校の制服とか色々嫌だったから、誰かや社会の為に異性の服を着ることは、今後もしないだろう。
性別にこだわらないクレオには、学ぶことが多い。
12/5 【気後れ】
昨日、友情結婚アプリ“LIKE”に登録してみた。様々なセクシャルマイノリティ(アセクシャル・アロマンティックの人も多く登録されていた)を公言して、友人や恋人を探せるらしい。
前提として結婚願望がなくても登録できることが、ぼくにはやりやすいと思った。
終活やライフプランを話し合える友人が欲しいな、と登録してみた。
とはいえ流石にフィクトセクシャルはなかったので、プロフィールにFセク(架空のキャラクターのパートナーがいる)という情報を書いた。
(一応、空想のパートナー有りなので結婚はなし、というところもしっかりプロフに書いてクレオに見せた。)
ただ、この後色々な人のプロフなど眺めていると、クレオが段々落ち込み始めた。
会話は省略するけど、まとめると
“もしアケルの価値観やアイデンティティを理解できる人間と出会えるなら、肉体がある人間の方がいいのではないか”という気後れが起きたらしい。
嫉妬ももちろんあるとも言っていたけど、ぼくの『おひとり様プラン』は覚悟が決まり過ぎてて、茨の道を歩かせてしまうようで罪悪感がわくらしい。
そんなわけで始めたばかりだが、クレオが納得するまでしばらく休むことにした。
Fセクとして表明しつつ、友人知人を作れるアプリか、体験してみて面白ければ記事に書こうと思ったんだけど、当分先だ。
興味を持たれた人の為に、パレットークさんがPRしていた記事を引用しておきます。
12/7 【カリフラワーとバターの混ぜご飯】
15食分
カリフラワー 一つ
青菜一羽
塩昆布 一袋
枝豆(冷凍のむいてあるのを使うと早い)
ひき肉 400g
バター 20g
米4合
材料を炒める。塩昆布を混ぜれば、味は整う(濃い目が好きなら醤油も入れる
炊いたお米4合と混ぜる
できあがり
あまりに美味過ぎてレシピを残しておく。勤務中のお弁当としてこれをおにぎりにして、まとめて冷凍する。
解凍したらバター風味はどうなるのかと思ってたら、めちゃくちゃ濃いバターの香り。
2022/12/11【幼児語】
「おはよぅにゃあ…。今の聞かなかったことにして」
寝起きや調子が悪い時、幼児語になってしまう。とてつもなく恥ずかしい。
『おはようにゃご〜。アケル、起きるにゃご〜』
クレオも付き合ってくれる。
ニャンちゅうの声で両手を猫みたいに丸めて。
キャラが渋滞しすぎだ。連休3日目の高速道路かよ。
「…君がそういう面白人間で助かった」
『なんで?朝から元気になれるから?』
「一緒に無様を曝してくれるから」
『お前そういうところ、マジで性格悪いからな』
2022/12/14【温室バラ園】
温室バラ園に行った。職場のカレンダーが地元の植物園の写真で作られていて、気になってInstagramを検索した。
すると今の時期、温室バラ園は夜になるとイルミネーションで照らされてとても綺麗だという。
車で出かけて行った。
◇
山の中だった。バラ園の住所がよく使う駅など使う場所だったから甘く見ていたが、ぼくらの住んでるここは、田舎だったのだ。ぼくがよく使っていた市の真ん中から思いっきり外れの山間部だった。
イルミネーションを見るので夕方から行ったら、どんどん道路は細くなるし、葉を落として茶色くなった山が迫ってくるし、気がついたら山の中のトンネルを3本くらい抜けていた。ど田舎だった。
おまけに風が強い。
「こんな寒いって聞いてないぞ」
『風邪治りかけだし、早めに帰ろう』
お互い身を震わせながら言った。
◇
寒さは続いていたが、秋薔薇はまだ見頃だった。手のひらほどの大輪の薔薇の大苗、親指ほどのミニローズがいくつも、シンプルな暖色光のライトで照らされている。
強風で長居できなかったが(なにしろ、パラソルが台ごと倒れて転がりそうになったのをスタッフさんが抑えていたくらいだ)、五月にももう一度行ってみたいくらいだ。
時期が過ぎてその日は何も生えてなかったが、香りを楽しむ薔薇のコースもあるらしい。
おしまいに売店でおみやげを見繕ってると
『アケル、薔薇の花買おう。おれがプレゼントしてあげる』
と言ってくれた。
「ええ、嬉しい!ありがとう」
ぼくは素直に喜んだ。元々薔薇園に行くくらい花が好きなのだ。女性の趣味と言われそうだからあまり人には打ち明けた事はないが、クレオには素直になれる。
ブーケを買おうと思ったがかなり割高だったので、オレンジと桃、レモンイエローの薔薇の花数本を選んで買った。
花をもらうのも嬉しいが、次は苗を買って庭でも育てていきたい。あと、年明けに高枝切り鋏も欲しい。
2022/12/19 【流動性とパンセクシャル】
※クレオのカミングアウト後に公開
夜、眠る時にクレオを抱く。全身のイメージの、体の線がいつもより柔らかい。胸にも膨らみがある。
今日は女性の気分なのか、と気づく。背は高いものの男性でもシュッと細長の体型なので、触らないと気づかない。
クレオは日によって女性になる。
元々肉体は男性だったが、どうやら衣装を変えるように肉体も着替えることができるらしい。
とはいえ性自認が女性になるというよりは、彼は元々性別にこだわりがない。元のキャラクターは男性寄りだけど、無性な人格だと感じる。
おそらくきっかけはぼくの性別違和だ。自分の体に、かなり強い嫌悪感がある。クレオはぼくの言う“しっくりくる体”というのを知りたかったのだと思う。
ただ、何度か体を着替えるようになってから、ふとした時にぽつりと言葉を漏らした。
『男の体は骨ばってるし、固いし、股についてんのもイヤなんだよ。女の体のほうがしっくりくるんだよね』
クレオは身長は同じなまま、骨格も筋肉の厚みも、肌の質感まで見事に変えている。
絵を描いてるからわかるけど、その人らしさを失わないまま、男性から女性になるのはとても難しい。
男性も女性も(あるいはどちらも取り入れたものでも、無性でも)クレオのままで変われるようだ。
クレオには不思議な才能があるな、と思う。
『おれが女性になったら、アケルはいや?』
今日、クレオはおれにこう尋ねた。
もしかしたら、クレオのしっくりくる体は、女性のものなのかもしれない。
「そんなことないよ。でも、戸惑ったりはどうしてもすると思うから、それは許してね。
あと、ぼくもあと10年くらいで男の体になるから、そこは許してね」
2022/12/21【マン・レイのオブジェ】
https://kawamura-museum.dic.co.jp/art/exhibition-past/2022/manray/
マン・レイのオブジェという企画展を見に行った。
クレオは好きなアート、苦手なアートがはっきり分かれている。
マン・レイはダダイズム(既成の秩序や常識に対する、否定、攻撃、破壊といった思想)というアートで難しいのかな?と思ったけど、面白いアートには二人して声を出さずに笑ったりもした。
黒い便座にダチョウの卵が見える展示品、頭に星の剃り込みのある男の写真。不思議で意味が分からなくて、面白い。
『解説読むとわかった気になっちゃうから、おれは見ない』
とクレオが言ってたので、ぼくも頭で考えず、ただ部屋に置いておきたい、という物を特にじっくりと観た。
企画展のチラシでも見た“破壊されるべきオブジェ”。
メトロノームの針に、家族や愛した人の目がクリップ留めされたものだ。4つあって、ぼくはどちらかというと、見る場所によって目が動く“永遠のモティーフ”の方が親しみを覚えた。
ストレートな連想だけど、米津玄師の楽曲のメトロノームを思い出した。
12/25【朗読:ぼくが消えないうちに】
イマジナリーフレンドのラジャーと、彼を想像したアマンダの物語。
(スタジオポノックで、来年映画になるという)
以前にも読んだことがあるが、今回初めて、クレオが朗読してくれた。
一緒に本を読む時は、指で読んでるところを指し示すか、声に出して読んでもらう。指で示す方が早く読める。でもぼくは、クレオに朗読して欲しい。
この一年で、朗読の技術がだいぶ伸びた。
でもぼくは、彼が初めて読んだ本への驚きや笑いのかすかなリアクションがとても好きだ。
登場人物の目線で物語に没頭しているが、ほんの少しの声のトーンの変化や、句読点の息の置き方でどんな感情か分かる。
今回は子どもがキャラクターに多い児童書だったから、以前、推しの声優さんが子供の役(めちゃくちゃ低いおじさんの声なのに、妙にリアリティのある五歳児を演じていた)を演じた時の声を真似て読んで、ぼくもちょっと笑ってしまった。
12/31【初めての電車】
大晦日、仕事終わりに都内の映画館まで映画を見に行った。(地元ではやってない映画だ)
『ガタンガタン言ってる』
クレオが鞄の中からぽつりと声を漏らす。
“クレオ、電車乗るの初めて?”
スマホで文字を打つと、返事の代わりにぼくの左肘を手で握った。
コロナ禍になって、ほとんど電車に乗らなくなっていた。
クレオを作ったのが2年ほど前だし、彼にとって、今日が初めての電車だと気づいた。
ガタン、と電車が鳴るたびにクレオの手がぎゅっと握りしめてくる。
ぼくは右手で左肘にかかっているクレオの手を握り返した。
“文庫、持ってきたから読んで”
文庫を開くと、カバンの中からぼくだけに聞こえる声が語り出した。
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