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イマジナリーフレンドと、正月のお買い物

# 64 書き手:アケル


『いいのいいの。これにしましょう。おれにもアケルにも似合うよ』
 もしかしたら、普段ぼくが買わないような物だから、プレゼントしたくなったかもしれない。
 それでも、クレオの言葉は明るくて楽しそうだった。

 昨年から、クレオにぼくの側にいてサポートしてくれる報酬として月に一万円ほど支給していた。
 イマジナリーフレンドとはいえ成人男性に1万円は少な過ぎるとも思うが、雇い主のぼくが薄給な事と、2人で出かける時の交遊費や好きなアーティストのアルバムやライブチケットなど、共通の欲しいものは折半しているので、赤字になった事はほとんどない。

 昨年の上半期は紅茶専門店で色々な紅茶を試していたが、そこが閉店してからはあまり使わず、貯蓄に回っていた。

(タツにもお小遣いを支給しているがそれについては、また今度話そう。)

【大きな買い物:キングサイズの布団】

『アケルさ。そろそろ布団を買い替えない?狭くって』
 年末にクレオが言った。
「…確かに!」
 ぼくは手を打つ。いや、ぼくにとってはそうでもないが、そもそもクレオがやって来てから3年、ずっとシングルベッドで過ごしていたのだ。
 ぼくは小柄だが、クレオは冷蔵庫くらいの高さがある。横は細いが、タッパがでかいのだ。 
 今までは折り重なるようにして2人で寝ていたが、それでも苦しかったのだろう。その上、タツゴロウが来た。
 たまにベッドにもたれかかって寝たり、のしかかって来たりして、もういい加減限界だったのだろう。
 ぼく自身も気になっていたが、なにぶん高い買い物で足踏みしていた。
 
 幸い部屋は広い。ベッド一式は流石に手が出ないが、キングサイズのマットレスと布団くらいなら買える。

 年始の勤務が明けた休日に、ネットで買い物を始めた。

予算は4万円。割り勘でそれぞれ2万円出すことにし
『シングル二つ並べたらどう?』
 ぼくは少し考えて首を振る。
「いや、昔家族で寝ていた時、マットレスを繋げて寝てたけどさ。寝返りを打つとスキマがめっちゃ開くんだ。どうせ買うんだったら、キングのほうがいいかな」
 正直シングル二枚の方が安いならそちらでも良かったが、キングサイズの方が安かったので、キングサイズでマットレスを買った。
なかなか買い換えることはできないので、慎重にyoutubeのマットレスレビューを見て、値段に応じたものを購入できた。

 後は布団一式。
 これは以前買った専門サイトが色と肌触りの品質が良かったので、そちらで選んだ。
『冬はもう少しあったかい色にしたい』 
 それまでライムグリーンの布団だったが、オレンジのネル生地の冬用布団を買った。
 まだ寒さの厳しい時期なので、ぐっすり眠れると思う。

【財布の紐が緩んだアクセサリー】
  

 お正月ということで、少し財布の紐を緩めて、ネットショッピングを続ける。

『アケルがいつも見ている原石のアクセサリーを見てみたいな』
 原石をそのままアクセサリーとして作っているサイトだ。宝石というより、鉱物の幾何学的な結晶が好きで、勤務の合間にこっそり見て癒されていた。クレオも気になっていたようだ。

 ぼくとクレオはパソコン画面を見つめる。ちょうどお正月のセールだったようで、いつもは見るだけ、と決めていたアクセサリーに手が届くかも、と思うとドキドキした。

 カットされていない自然の美しさのままの石が、指輪やピアス、ネックレスになっている。
 クレオのイメージカラーのオレンジを中心に石を選んでみた。
「こっちのトパーズの方がオレンジ色が強いよ」
『でも、このオパールの方がカチカチしてない』
 アメトリンやファイアーオパールの、淡くて明るい石に目を輝かせていた。

 ぼくはパイライトやフローライトなど、断面が四角になる石がカッコよくて集めていた。
 クレオはオパールや真珠などの、表面がトロッとした石が好きだったようだ。これも、話し合ってみないと分からないことだった。

 残念なことに狙っていたファイアオパールのイヤリングは、セール対象外だった。  

「これ、ぼくが差額分出そうか?」
と思わず言ったら、
『駄目ですよ。アケルは今年からもっと節約するって言ってたじゃない。ここで使っちゃだめだよ。おれたちはこれくらいの贅沢で十分』
 クレオは堅実だった。 
『アケルと2人で使えるようなアクセサリーが欲しい』
 そう言って指差したのは、濃い桃色と薄緑の瑞々しい石がついたイヤーカフ。
 ウォーターメロントルマリンという。
「でもそれ、ぼくがお気に入りで登録した物だよ」
 クレオの為というよりは、ぼくが気になってたものだ。普段なら気にならないものだけど、お正月の餅花…枝に刺した本物の餅でなく、商店街のアーケードにあるプラスチックの玉や金銀の花の飾り…みたいなレトロな華やかさがあって、つい見入ってしまっていた。
『いいのいいの。これにしましょう。おれにもアケルにも似合うよ』
 もしかしたら、普段ぼくが買わないような物だから、プレゼントしたくなったかもしれない。
 それでも、クレオの言葉は明るくて楽しそうで、ぼくは
「ありがとう」
と呟いて、購入のボタンを押した。

 次にお金が貯まったら、クレオが目を輝かせていたアクセサリーを買ってやりたいなと思った。

 イマジナリーフレンドにお金を渡すようになったのは、好きなものを広げて欲しいのと、人間社会に関わってもらいたかったからだ。

 ぼくにとってイマジナリーフレンドは、ぼくとは明らかに性格が違う。ぼくをきっかけに興味が向くことはあっても、例えば鉱物でも違う色や質感を好むように、ぼくの知らないクレオの好みがある。
 
 お金は人間社会に関わることができる手段だ。予算の上限はあるけど、何かを得たり、分かち合ったり、遠くの人に与えることもできる。ギリギリまで使うか、貯めるかの価値観も擦り合わせていける。

 いや、本音を言うとポンコツのぼくが1人で生きていくのはやっぱり難しいのだ。
 寄り添ってくれる彼らへ、人間社会への橋渡しをする。
 彼らは人間のお金の仕組みの知識と体感を得て、一陽家の生活や老後を一緒に考えてくれる。そういう大きな打算がある。

『君にとっては打算でもさ。おれ達に現実に介入する決定権があるのは嬉しいもんですよ』
 これを書いていて、横で見ていたクレオが呟く。
 その耳には優しい色のイヤーカフが揺れている。

 他愛無いことも面倒臭いこともあるけれど、1人で決めずに話し合うことは、これからも続けていきたい。
 ゆっくり家族になっていきたいなぁと思う正月だった。


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