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からあげとわたしの話

前にも少し触れたが、わたしは食欲に脳を支配された悲しきモンスターである。
仕事の傍らで食に関するweb記事を読み、今夜の夕食のメニューを考え、「食べても太らない体になるサプリはいつ開発されるのだろう」と「とりあえず仕事しろ」とどつかれるようなことばかり夢想している。
一応弁解しておくと仕事はしている。今が閑散期なだけだ。

よく晩酌をする。晩酌というか、普通の食事の炭水化物の代わりに酒を飲んでいる。メインのおかずは自分で作るが、たまにお腹が空きすぎてどうしようもないとき、軽いアペタイザーとして出来合いのお惣菜を買う。そしてそれは結構な頻度で近所のスーパーのからあげである。
幼い頃からあまりお惣菜に縁がなかったため、最初は「スーパーのお惣菜なんて、ベタベタしてて味濃いだけでしょ」と思いこんでいたが、手の施しようによっては出来合いのからあげだって十分においしい。
電子レンジで15分もグリルすりゃあアツカリで、料理中に飲みつつつまみつつのお供としては及第点である。
(念のため書いておくが、アルコール依存症ではない。飲まない日だってもちろんある。)

わたしの、誰にも言えない、言ったことのない激ヤバエピソードがある。何の因果か、これもからあげにまつわる話である。
10年ほど前、バイトをしていた。教育系で相手が小中高生だったために、夕方か、少し早めの15時ごろからスタートで、大概フルで入るために終わりは22時、帰宅したら23時前だった。
そんな感じなので、夕食を食べる時間というのが全然なかった。一応の休憩はあるが基本ずっと仕事しているようなものなので、食事らしい食事はとれず、バイト終わりには空腹で仕方なかった。
そんなとき、帰り道にこってり豚骨醬油ラーメンの店が現れたら、どうするだろうか。
家では家族が作ったヘルシーで薄味で野菜たっぷりの夕食が待っている。かたや目の前には血圧も血糖値もバカ上がりするような、こってり濃い味のラーメン屋がたたずんでいる。
賢明な読者諸君はもうおわかりだろう。
悲しきモンスターは湯気がかかるくらい狭いカウンターに座り、「味濃いめ背脂多め麺普通」を声高らかに唱えていた。
そのラーメン屋にはからあげがあり、一個単位で売っていた。当時は一個200円しなかったと思うが、これがものすごくデカい。成人女性の握りこぶしくらいある。
しかしモンスターは、ここではからあげではなく背脂で白く輝くスープのラーメンを選んだ。

まあこのくらいの話だったら、誰にも言えない話でも何でもない。ただ疲れてラーメン食べちゃったよー、夜も遅いのにー、なんて、働いている人間だったら誰しも一回くらいはあるだろう。
本当にやばいのは、これからである。
コッテコテのラーメンを堪能して口の周りをテッカテカにした後、おとなしく帰路につく。
帰宅すると、想定通り家族の作った優しい味の夕食が出てくる。「夜も遅いから」とか何とか適当な理由をつけ、比較的軽めにすませ(結局食べる)、お風呂もすませると家族は床に就いていた。
わたしは自室に入り、できる限り音を立てないようそっと鞄を開き、白い紙袋を取り出す。
少し冷めてはいるが、タオルやらマフラーやらで囲みまくって温かい部屋に置いておいたため、かすかにぬくもりは残っている。
わたしは我慢できずに袋から取り出した、持ち帰りにしたバカでかい茶色のからあげにかぶりついた。

夜10時過ぎに。
ラーメン(ギトギト)を食べ。
家で軽めに食事をし。
なおかつ夜中にからあげをほおばる。

あの背徳感と食欲充足感とともに食べるからあげは、多分人生の中でもなかなかの上位に食い込むレベルでおいしかった。

プロの不健康な方からは、きっと何を生ぬるいことを言ってるんだとお叱りを受けるかもしれない。(プロとは)
しかし、想像してみてほしい。
幼い頃から真面目が取り柄と言われ、家族の言うことはきちんと守り、野菜はたくさん食べ、お醤油は控えめにし、マヨネーズはかけすぎず、ただ周りより背が高いってだけでリーダーを任され、「○○ちゃんと同じグループになってあげて?」と先生から断れないお願いを幾度となくされる、全日本真面目選手権があれば市の代表くらいにはなれそうなほどの真面目人間が、家族の作ったごはんよりも不健康な外食を優先し、あまつさえ家人が寝静まる中でひとりからあげをむさぼっていたのである。
超ヤバくない?

これに味をしめたモンスターは、その後も時々ラーメン屋を訪れ、家族に隠れてからあげを楽しんでいた。持ち帰りは多分あのときだけだった気がする。
今考えれば、「あの時節制しとけば…!今の体型…!!」と血の涙を流しそうになるが、10年前のことなんて時効だろう。
あんな食生活でも、今よりは痩せてたんだから、人間の体は一体どうなっているんだろう。

あの頃に比べ、酒を飲む頻度も量も増えた。しっかりめに酒を飲むようになって余計にからあげに対する信頼、というか欲望というか、蠱惑的なチャームの感じ方の感度が上がった。
カリカリのくせに中は柔らかく、肉汁まで出てきた日にはもうガッツポーズである。
身と離れた皮もまた、麻薬的なうまさを持っている。
そう。麻薬的である。
正直唐揚げ単品でごはんに合わせても、今は前ほどの「ウメェ!」感はない気がする。決してまずいことはない。だが酒と合わせることを知ってからはもう戻れない。

酒=楽しくておいしい。
からあげ=おいしくて幸せ。

やはりこれは麻薬的と言わざるを得ないのではないだろうか。


なぜここまで人は、わたしは、からあげに魅了されるのだろうか。
DNAに刻まれ…てはいないだろう。そんな古くからはないはずだ。
幼少期のトラウマ…とかも別にない。うちのお母さんのからあげはうまいし仲もいい。
人を狂わせる何かが肉と油と薄い衣で生成されるのだろうか?
手軽に塊の肉が食べられるからだろうか?

その謎を解明するため探検隊はアマゾンの奥地へ向かった。

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