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僕、不動産業界で成功できますか? ①

あらすじ
 理不尽極まりない不動産会社で成功を目指す若者のリアル。里谷は憧れのこの業界で成功を掴めるのか。

第一話「面接」
 
 不動産業界で就職するなら大手が安心。
この言葉が正解とは限らないが、皆が知ってる会社に勤めて自慢したかった僕は、大手と呼ばれる会社に履歴書を送った。
 
 片道2時間かけて向かった集団面接の会場では、各エリアの統括マネージャーが面接官としてズラリと並んでいた。
「お客様の笑顔のため? キミ、向いてないと思うよ。もっとギラギラしてないと」
 辛辣な言葉を投げかけられ、次々と下を向く応募者たち。
 しかし、僕は違った。
「里谷君、いいね。是非うちのエリアに来て欲しい。結果は1週間程度で知らせるから」
 東海エリアのマネージャーに気に入られたのだ。
 意気揚々と会場を後にすると、駅のホームでビールと牛肉弁当を買った。贅沢だが前祝だ。
 新幹線に乗り込むと窓際に座り、ビール片手に流れる景色を眺めた。気分がいい。
 そこへ、スマートフォンがメールの着信を知らせた。今日面接を受けた会社だ。
「誠に残念ではございますが~」
 1週間ではなく、1時間で不採用メールとは仕事が早い。

 その後なんとか入社した不動産会社は、大手とは言わないまでもそれなりに大きな会社だ。
 配属は営業第二課。課の責任者である瀬尾は温かく迎えてくれた。
「必ず売れるようにしてやる。売れば売るほど、自分もお客様も幸せにできるからな」
 この言葉に、僕の身体は熱くなった。

 入社二日目。
 営業第二課のエース、梶村の営業に瀬尾とともに同行することになった。梶村は反響に頼らず、自分で客を見つけてくるそうだ。
 瀬尾の運転で、営業第二課が担当する売戸建の最寄駅まで車を走らせる。
「では、行ってきます」
 車の中で待機する僕と瀬尾に、梶村は不敵な笑みを見せた。後部座席から颯爽と降りる。
「よく見とけよ。あれがうちのトップ、年収3000万円の世界だ」
運転席の瀬尾が言った。

「こんにちは。この近くに新築の戸建住宅があるんですけどいかがですか?」
 梶村は、「売戸建」と大きく書かれたパネルを前後に背負うと、大声を上げた。
 誰も足を止めない。梶村は慣れた様子で中年の男性に声をかけた。
「少し見るだけでも!」
 中年男性は鬱陶しそうに早足になった。
「すみません、用事があるんで」
 梶村は中年男性の横に張り付き、歩きながら喋り続ける。
「家を買うより重要なことなんてありますか。限定一棟。世界で一つだけの花みたいなものですよ」
 僕と瀬尾は慌てて車から降りて後を追った。
 梶村は中年男性に大声で反論されている。
「今、私にとって一番重要なことです。着きましたんで、では」
 中年男性はビルを指した。僕と瀬尾もビルを仰ぐ。昼なのにピカピカと輝いている。風俗ビルだ。
 中年男性がエレベーターに乗り込んだ。すると、梶村もすかさずエレベーターへ入り、二人そろって消えていった。
 
 驚いた僕は瀬尾を見た。顔色一つ変えていない。
「梶村は少し強引だが、顧客目線で考えることができる。ああやって経験を共有するのも彼の手法だ。信頼関係を構築するのに手っ取り早い」
「はぁぁー」
 営業未経験の僕は、感嘆の声しか出なかった。
「出てくるころには案内アポが取れているだろうよ。それまでコーヒー休憩にしようか」
 そう言いながら、瀬尾が財布から小銭を取り出した。
 
 ビルの入り口が見える場所に車を移動してから1時間ほどが経過した。さきほどの中年男性がビルから現れ、足早に去って行った。梶村はいない。
「ん?」
 瀬尾の顔色が少し変わった。

 さらに待つこと15分。ようやく梶村がビルから姿を現し、車に駆け寄ってきた。手には白い紙を握りしめている。
「課長、すみません。延長してしまいました。これ、経費で出ますか?」
 
 瀬尾に「里谷、帰るぞ」と促され、車を走って追いかける梶村を置いて帰路についた。

登場人物紹介
里谷(さとや)……不動産業界で成功を目指す若者。

※本投稿はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

↓第二話「売れる営業」


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