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僕、不動産業界で成功できますか?②

第二話「売れる営業」

 朝礼から戻ると、椅子にもたれかかった。スマートフォンで銀行口座の残高を確認する。給料が入ったばかりだというのに、残高は五万円。ため息しか出ない。家を売らなければ生活すらできないのだ。

「どうした、里谷(さとや)」
 振り向くと、営業第二課主任の東都(とうと)がすぐ後ろに立っていた。
 里谷は、東都に泣いてすがった。客と会えるようにはなったが、契約が決まらない……。
「そうか。決まらない理由は興奮だ。真剣さが伝わってこない。だから客も簡単に断れるんだ」
 東都は里谷を見下ろしながら、厳しい顔で指摘した。
「そう、お前に足りないのは女だよ」
「女、ですか」
「そうだ。売れている営業の九割は色情狂だ。こっちへ来て耳を澄ましてみろ」
 東都は里谷を無理やり立たせると、営業第一課の島に連れて行った。里谷は耳を澄ます。
「あー、風俗いきてー」「今夜はキャバクラでも行くか」「総務課の杏樹ちゃんかわいいよな」
 これは……。
 次に東都は、営業第三課の島を指さした。二人で移動し、耳を澄ませる。
「案内が取れるようにメールを工夫するか」「営業の極意とは……」「今日のポスティングのルートは……」
 里谷は、驚きの表情で東都の顔を見た。
「営業第一課は成績優秀だが、女に金を貢いで全員借金まみれ。営業第三課の連中は真面目だが、成績があがらないから金がない。同じ金がないなら楽しむのが正解じゃないか」
 東都は目を細め、遠くを見ながら言った。
 
 会社としては第一課が正解なんだろうけど、借金まみれはダメじゃないかな。そう思ったが、水を差すのもよくないと思い、黙って頷いた。
 東都は満足気に、「ふっ」と言って微笑んだ。
「今度、総務の子との合コンをセッティングしてやるよ。杏樹なんかどうだ。それとも、ともちゃんか?」
「東都さん……」
「おっと、感謝の言葉はいらない。これは順番だ。俺も昔、同じような悩みを抱えたことがあった。瀬尾課長にキャバクラに連れて行ってもらってからだよ、二十四週連続契約という偉業を成し遂げたのは。おかげで金も女も手に入った。今日もデートだ」
 豪快に笑う東都を前に、里谷は気まずそうに目を伏せた。
「違うんです。僕、社内恋愛はちょっと。できれば違う業界の人とお付き合いしたいです。プライベートでも仕事の話になるのが嫌なので。それに、杏樹さんは既婚者、ともちゃんはキレイ系ですけど男じゃないですか」
 
 興奮か……。

 東都の言う事も一理あるかもしれない。家に帰ると、さっそくマッチングアプリに登録した。写真を何度も取り直し、奇跡の一枚を載せた。条件はえーっと、僕が水曜日休みだから、水曜日に会える人希望っと。
 アプリはマッチングする女性を絞り込み、数秒でリスト化してくれた。どんな女性がいるのかな。期待に胸がふくらむ。
 
「え!?」
 スマートフォンを持つ手が震えた。
 職業が不動産業の女性しかいないじゃないか……これが水曜日休みの罠。

 里谷は、営業第二課のエース梶村からもらった風俗の割引券を引き出しから出し、家を出て繁華街へ向かった。
 途中、悲壮感漂う表情で消費者金融へ入っていく東都を見かけたが、こういう時は声をかけないのがマナーであることぐらいは心得ている。
 
里谷(さとや)……不動産業界で成功を目指す若者。大日本中央不動産 営業第二課の所属。

※本投稿はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

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