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落下

ちょっとしたやりとりのズレから娼婦を殺してしまった
死んでしまった彼女の手は白い陶磁の感触
おれはまだそこに残る熱を感じようとその手を握っていた
時計の針はすべて時計の中で外れて落ちていた
昆虫食の食べ残しが小さな机の上で転がっていた
 
ベランダに出ると生ぬるい風
おれは死んでしまおうと思った
刑務所にぶち込まれても16年はかたい
誰かが部屋に入ってきて叫んだ
おれは背中を押されるように飛び降りた
 
8階建ての鏡張りのビル
時間はスローモーションになる
おれはふとむかし飼っていた犬のベスことを思い出した
愛らしいクロブチの女の子
するとビルの壁にはおれの代わりにベスが映っていた
自分のからだを眺めてみても確かに犬の体躯になっている
(なんだ…どういうことだ)
とっさに母が弾いていたチェロを思い出す
そのままにおれのからだはチェロになる
(そうか…おれはなにかのズレで死ぬときの見た目を選べるのか)
おれは借金取りの男になってやろうと思った
死んでしまった父の古くからの友人であり、おれを追跡する男に
やつが一瞬でも娼婦を殺して身を投げたとみんなに思われるのであれば充分だ
予想通り奴の見た目になった
疲れ切った目、膨らんだまぶた、食べ過ぎてだらしない腹、邪悪なその心
おれはほくそ笑んでいた
(ざまあみやがれ!) 

おれはふと目線の先にある部屋の中を見た
テレビが映っていて映画の「町のはずれから」がやっていた
(ラストの祭りのシーンだ)
町中の窓から花が投げられる
決して町のひとたちから受け入れてもらえない主役が受け入れてもらえたような気分になる
まだ父が生きていて母が元気だったころ手を引かれて映画館に見に行った
子供の頃はラストシーンの意図は完全には掴めなかったが
移民である父が涙をこらえているのを見てかなしい結末なんだと思っていた
今ならわかる あれは希望なんだ とてもちいさな光
おれは目を閉じる
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2✕✕✕年13月16日オーバル紙 朝刊
 
昨日の昼
テンベアホテルの8階で娼婦の女性が殺されていた
それと同時刻
テンベアホテルから大量の花が投げられた
辺りは花月(はなづき)の祭りのような騒がしさになった
けが人はいなかった
警察は事件との関連性を…
 
 
 

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