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持たざるモノたち

他人(ひと)に、これが特技だと胸を張ってなにかを宣言できる人がここ最近は少ないのではないだろうか?
スポーツ、将棋、運転、料理、計算、パソコン、なんでもいい。
それらを自慢できるほど、自分は優れていると誇れている人は多いとは思わない。それは日本人が謙虚で控えめだからではない……おそらく。

その原因はテレビがあり、ネットがあり、眼に触れる世界がワールドワイドになったからだと思う。
それを専業にするプロフェッショナルでなく、素人でも非常に優れた技能をもった人が世の中にはたくさんいるのだと知ってしまったからだ。
運動は得意、絵が上手い、計算が早い、機械に詳しい、そんな一芸を極めた人が世界にゴロゴロしていることを『思い知らされた』からではないかと思う。
遥か高みにいる彼らを識って、お山の大将として天狗になること『も』出来なくなったのではないかと思うのだ。


才はある。たしか一般的な水準からすれば十分に優れている。称賛されるべき能力をもっている。
なのに、頭上を覆っていた雲が晴れてしまったがため、綺羅星のように頂点に君臨するものたちを見てしまった。
そのせいで、自分が持っている磨いている原石がひどく『つまらない』ものに見えてしまったのではないだろうか。
その末に膝を折り、原石を磨くことをやめてしまい、いつしか本当に『持っていた原石すらも』失ってしまったのでないだろうか。

優れて技能をもった人たちは、可能であれば諦めないで誇ってほしい。
『私はこれができる』と胸を張って、持っている原石を磨き続けて欲しい。

それが『いまは』持たざるモノたちに原石を与えるきっかけになるかもしれないのだから

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