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#004「劣等感のすゝめ」吃音というコンプレックスに向き合った2人

1.劣等感と才能

1)古代ギリシアの偉大な演説家・デモステネス

皆さんこんにちは。井戸です。
人間である以上、大なり小なりコンプレックスを抱えていることだろう。本日は『自分を形成したコンプレックスと、才能とのつながり』というテーマで書いてみる。

心理学・精神医学の用語で、さまざまな感情の複合体のこと。 衝動や欲求・記憶などの、さまざまな心理的要素が無意識に複雑に絡み合って形成される。

weblio辞書「complex」

「コンプレックス」辞書にはこう書かれているが、今回は「劣等感」の意として解釈してほしい。
劣等感が才能に?そんな矛盾から派生したテーマの主役は、古代ギリシアの政治家であり弁論家のデモステネス

演説の神

とにかく、演説や弁論が神レベルですごかった人らしい。彼の演説により、反マケドニア運動なるものが活性化し、祖国を奮起させたほど。まあそんな大衆の前で演説ができて、人の心や国自体を動かせるくらい雄弁なお方は、さぞ幼少期から仕上がってらしたんでしょう?そう思うだろう。

2)デモステネスの吃音克服ストーリー

ところがどっこい。デモステネスは吃音症だった。

吃音(きつおん、どもり)は、話し言葉が滑らかに出ない発話障害のひとつです。吃音に特徴的な非流暢には、以下の3つがあります。
1.連発      例:「か、か、からす」
2.伸発      例:「かーーらす」
3.難発・ブロック 例:「・・・・からす」
上記のような、発話の流暢性(滑らかさ・リズミカルな流れ)を乱す話し方を吃音と定義しています。

国立障害者リハビリテーションセンターHP

吃音なのに演説家!?対極じゃん。めっちゃ疑り深くて心配性なのに、無人販売所の経営始めるくらい、対極のことをやっちまってる。なんでそうなったのだろう。デモステネスはこのような経緯で初回の演説を迎えた。

・好奇心が高く常に学ぶ意欲があったため、本を読んで知識をつけた
・そこからギリシアで一番の演説者を目指し始めた
・だが、深刻な吃音を抱えていたため、聴衆にヤジられて失敗した

普通、人前で吃りまくって大恥かいたら、そこで演説家の夢は捨ててしまってもおかしくない。ところがデモステネスは諦めなかった。

  1. 頭髪全剃り落とし:当時頭髪がないのは恥だったので、吃音を克服するまで外へ出ず演説の練習をすることが目的。

  2. 毎日海に向かって叫ぶ:肺活量を鍛えることが目的。

  3. 口いっぱいに石を含み、歯と歯の間にナイフを挟む:吃らない発声練習が目的。

吃音克服までの珍妙な流れ

…どれもやばいが、特に③はトチ狂っているとしか言いようがない。だが数年に及ぶ尋常じゃない努力が実り、デモステネスは見事吃音を克服した。後の彼の演説は、何千もの人に称賛され、勇気を与えた。今では歴史上もっとも優れた人物のひとりとして讃えられている。

3)コンプレックスの克服は才能に昇華する

吃音に関係なく、先天的にデモステネスに演説の才能があったかは分からない。だが、コンプレックスをどうにか克服しようと努力して生み出したエネルギーが、普通の人(この場合は吃音ではない人)には到達できないような地点にまで、己の才能を磨き上げ高めた可能性はある。デモステネスが最初から普通に話すことができていたら、わざわざ歯にナイフを挟んで弁論の特訓をするような鬼気迫る行動はしなかっただろう。

おわかりいただけただろうか。#003で図解したスライドの使い回しだということに…

もちろんコンプレックスなんて、無い方がいいに決まっている。自己肯定感が高く、常に自信を持って何事にも臨めるからだ。ただ、過去の体験や生まれつき宿ってしまったコンプレックスがあるのは仕方ない。

「どう解釈するか」

単に蓋をするもよし。自分を変えるキッカケとしてそこから逃れる努力につなげるもよし。ただ間違いなく、コンプレックスの克服は思いもよらない才能とストーリーを生み出す。

2.井戸を長年苦しめたコンプレックス

1)吃音への気づき

なぜ今回デモステネスというマニアックなキャラのエピソードをチョイスしたかというと、実は僕も吃音症だったからだ。
最初に自覚したのは中2の頃。友達のオカンに「井戸くんってめっちゃ早口やな」と言われたことだ。当時は「ふ~ん、自分って人より早口なんだ」くらいにしか思っていなかった。
吃音として顕在化したのは、大学生になって始めたアルバイトでの接客時。信じてもらえないかもしれないが、「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」がどうしても言えないのだ。「い、い、い……ませ~」「(あ)………した~」みたいに、最初の文字を繰り返したり、そもそも最初の文字を発声できず、吃る。接客中に何度も恥ずかしい思いをし、自尊心を失っていった。「自分は一生接客はできないんだな」と諦め、アルバイトも飲食店の厨房のみで乗り切った。
社会人になっても、朝の「おはようございます」がどうしても出てこず、自分にかけられた呪いを恨んだ。仕方ないから誰もいない早朝から出勤し、後続で出社する誰かのおはようございますにカウンターで「…ざいまーす」と被せて誤魔化すという方法で乗り切り続けた。

挨拶系に限らず、生まれつきの早口を吃りで魔改造してるので、口を開くたび「え?なんて?何言ってるかわからん」と突っぱねられた。次第に話すことが億劫になり、「俺だったら今の場面ではこう言うな」と想像上だけでコミュニケーションする謎のムーブを加速させていった。ストレングスファインダーの「内省」が常にトップに君臨しているのも、吃音がキッカケで発言することが怖くなったことも関連してそうだ。

とにかく僕の人生は吃音に振り回され、本当は言いたかったこと/本当にやりたかった仕事を避け、どんどん自分を押し殺す人生にハンドルを切っていってしまった。

2)改善までの道のり

とはいえ吃音は、ストレングスファインダーの下位資質とは違い、克服しないと社会生活に大きな支障をきたすことになる。僕も必死で打開策を講じた。

  • 月20,000円ほど払いボイストレーニングに通う(1ヶ月で挫折)

  • カラオケや車の中で大声で発声練習をする(デモステネスか!)

  • 自分の夢に潜入し自己暗示をかけてみる(なにそれ怖い)

残念ながらどれも効果がなかった。なんとなく「スキルとかテクニックじゃなくて、気持ちとか思考の問題なんだろうな~」という気はしていたので、改善が無理だったことにそこまで落ち込みはしなかった。そんな僕を吃音から救い出してくれたのは、意外なものだった。

『マインドマップ』

である。吃ってしまう原因は、喋ることが苦手だからではなく、「事前に考えたこともない内容やトピックに対し、考えを整理せず、まとまり切ってない状態で突然話すからだ」と仮説立ててみた。ちゃんと調べたわけではないが、口を開くスピードに思考が追いついていないから、舌が絡まってうまく言葉が出てこないのではないかと。(内省なので思考がまとまるのに時間がかかるのもある)
ということは、「”考えたことないトピックが”無くなるよう、あらゆるジャンルをマインドマップ化して事前に思考整理しておく」「当日に話す必要性があるトピックに関しても、その日の朝にマインドマップで整理しておく」ことで、吃りを減らせるのではないか。
そこから、僕のマインドマップ職人としての人生が始まった。

テーマごとにマインドマップを用いて思考を整理しておく

事実、驚くほど吃音の症状は和らいだ。大人数の前でのプレゼンもガタガタ震えて頭真っ白になるだけだったのが、「吃りを克服した」という自信も重なり、ある程度雄弁に語れるようになっていた。大した成果だ。
マインドマップにより思考を整理することにより、今から何を話すかが頭で腹落ちした状態で口を開くため、言葉が出やすくなったのだと思う。

そしてこのマインドマップ習慣は、別の副産物を生み出した。

3)コンプレックスの克服による才能化

マインドマップを作成するプロセスは、物事の論理を構築する際に用いるロジックツリーに近接している。
・結論→根拠→具体例
・大分類→中分類→小分類
・事実→解釈→提案
多かれ少なかれ、上記のような思考の道筋をたどり、作成していくものだ。

痩せるための手段をロジックツリー化したもの

マインドマップを作成する習慣がついたことにより、「井戸の話は端的で分かりやすい」「論理的で納得感がある」という声が圧倒的に増えた。自分としてはその通りに話さないと吃ってしまうから、ある種自然に行っているだけなのに、好意的なリアクションに繋がっていることに気づいたのだ。
つまり、吃音というコンプレックスを克服する過程で、「分かりやすく人に伝える」「論理的に納得感を感じてもらえるよう話す」という才能に昇華したのだ。

これは大きな発見であり、自分の中のデモステネスみを感じざるを得なかった。大きな不安やコンプレックスから解き放たれる時、その過程でトライしたことや時間を投入したことが、才能として結実しやすい。これが僕がたどり着いた論理である。

①劣等感を感じ続けることは居心地が悪い→②そこから抜け出そうとする→③その結果目標を持つ、という流れをアドラー心理学で「補償」というらしい。デモステネスも井戸も、補償の対価として「才能」を手に入れた。

あなたが過去、克服したコンプレックスはなんですか?
そこから何を得ましたか?

皆さんの才能を発見する問いとして、向き合ってみてほしい。
世界の捉え方、周りの人の言葉の受け取り方まで変わってくるだろう。
それではまた!

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