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【Trend of JICA】援助潮流や国際協力の議論へ貢献を

JICA緒方研究所の多様な研究
「人間の安全保障」を推進した緒方貞子氏の名前を冠した国際協力機構(JICA)緒方貞子平和開発研究所は、平和構築などに特化した研究所というイメージが強い。しかし、実際の研究分野は幅広く、現場を持つJICA の研究機関という特性を生かし、援助潮流や国際協力をめぐる議論への貢献も強く意識されている。宮原千絵副所長に話を聞いた。

宮原千絵副所長

世界の未来に貢献する研究所
 研究所は「平和と開発のための実践的知識の共創」をミッションに掲げている。この言葉に表れている通り、現場を持つJICA の研究機関として、政策重視の視点を持った、政策インパクトのある研究・発信を目指している。

人の国際移動や留学のインパクト研究も
 実施中のプロジェクトの一つが、カンボジア、インドネシア、マレーシア、ベトナムの主要大学を対象に、教員の海外留学のインパクトを分析した研究だ。途上国の大学教員の留学経験が、その後どのようなインパクトを教員の活動や大学の発展にもたらしたのかを分析しており、現在の日本の外国人留学生制度をめぐる議論にも示唆を与える。
 最近の研究プロジェクトの中には、災害や紛争などによる強制移住や労働者の海外移動など「人の移動」に焦点を当てたものも複数ある。「海外労働希望者の国際移動経路と経路選択メカニズムに関する研究」は、2040 年には日本の外国人労働需要が670 万人を超えると予測する一方、来日外国人労働者数の推計から、供給ポテンシャルは42 万人不足すると推計し、外国人労働者をめぐる議論にも影響を与えた。
 宮原副所長によれば、「他の研究機関と比べ、母体のJICA が現場を持っていることが強み」。ランダム化比較試験(RCT)を取り入れたインパクト評価をはじめ、プロジェクトの成果を様々な手法で分析し、査読を経て公開する。国際的な評価の高いジャーナルへの掲載や、定評ある出版社からの書籍刊行の実績も多い。
 インパクト評価により効果検証が行われたマダガスカル「みんなの学校」プロジェクトは、米国RTI インターナショナルが行った調査において、低・中所得国の子どもたちの数と計算スキル向上のための方策のグッドプラクティスの一つとして選出され、フィナンシャル・タイムズでも紹介された。インパクト評価から得られたエビデンスが、「みんなの学校」アプローチの有効性を示すものとして、選出を後押しした。
 一方、研究対象はJICA のプロジェクトに限らない。「持続的な平和に向けた国際協力の再検討:適応的平和構築とは何か」の研究では、シリアやモザンビークなどのケースをもとに、紛争影響下の人々が直面する現実、歴史、文化に根差した平和構築の在り方を考察。成果を自由にダウンロードできるオープンアクセスの書籍として発行した。「同書で提唱している『Adaptive Peacebuilding』という概念への注目もあり、2万件以上のダウンロード数となっている」(宮原副所長)。

ポストSDGsへ-未来サミットも意識
 こうした研究を担うのが、総勢約70 人の研究員だ。すでに実績があり、著名な研究機関に在籍する客員研究員のほか、同研究所に研究員として在籍するJICA職員や、リサーチオフィサーらが、国内外の研究者と共同で研究を進める。
 2024 年には国連未来サミットが開催され、持続可能な開発目標(SDGs)の現状とともに、「ポストSDGs」の議論も行われる見込みだ。「研究を通じ、日本がより主体的に関わる契機ともしたい」(宮原副所長)。
 主要な研究成果は、書籍発刊セミナーやシンポジウムでも発信している。「開発コンサルタントやNGO にも参加いただき、今後、国際協力の分野でどのような変化が起きるのか、何が重要になるかを考える機会としてほしい」と宮原副所長は話す。

※ JICA 緒方研究所による人間の安全保障の取り組みは、国際開発ジャーナル2022 年6月号「Trend of JICA」も参照

JICA緒方研究所の研究成果をまとめた書籍

【Interview】現地のJICA専門家が強力なアセット~各国政府の内側から得られる視点を研究に生かす

東京大学 東洋文化研究所 教授/JICA 緒方研究所 客員研究員
佐藤 仁氏

 JICA 緒方研究所には、2008 年の設立(当時はJICA 研究所)のときから関わっている。初代所長で、大学時代の恩師の恒川惠市先生から、「今度、JICA 研究所ができるから手伝ってほしい」と連絡があり、客員研究員として関わり始めた。
 最も濃密な関わりは、2016 年から続く研究プロジェクト「日本の開発協力の歴史」だ。自分自身が開発と環境にかかわる研究を担当するだけではなく、下村恭民先生(法政大学名誉教授)とともに、研究体制の構想と、どの分野をどの研究者に書いてもらうかなどを考えた。
 同研究所の強みは、JICA の事業現場とつながっているという点だけではなく、さまざまな国の政府機関に派遣されたJICA 専門家らの知見やネットワークを活用できることだ。
 彼らの一部は、政策アドバイザーなどとして相手国の政府機関の職員と机を並べる。外からは得にくい情報に触れる機会も多い。JICA ほどの規模で政策アドバイザーを派遣し、相手国政府に入り込んでいる援助機関はない。
 これが決定的に利いた体験がある。同研究所ができる前だが、中国やタイなどの新興ドナーについて研究していたときのことだ。中国の援助の実態はなかなか分からないので、援助を受けている側から調査するという戦略を取った。カンボジア政府に知己が多いJICA の専門家がいて、そのルートで、財務大臣に面会することができた。結果、中国の援助の実態を詳細に聞き取ることができ、その成果を海外のトップジャーナルに掲載することができた。同研究所にはこのような現地のアセットを活用する研究をもっと進めてほしい。
 研究活動はある程度の期間、継続しないと成果が出ない。JICA では職員は通常2~3年ごとに異動があるが、同研究所に配属された職員を少なくとも5~6年勤務するようにできれば、研究機関としての基礎体力がより強まる。そのためにも、JICA 内外で同研究所の評価が高まり、「行きたい」「長くいたい」と思われるところになってほしい。
 最近、「開発協力における信頼とは何か」を探る研究をとりまとめた。同研究所以外に勤務するJICA 職員から希望者を募り、国や分野を決めて、月に1回程度、研究会を実施した。こうした取り組みを通じて、研究所への理解と評価が高まるよう、これからも協力していきたい。


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本記事は国際開発ジャーナル2024年1月号に掲載されています
(電子版はこちらから)


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