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【BOOK INFORMATION】途上国抜きでは語れないSDGs

『持続可能な開発目標(SDGs)と開発資金―開発援助レジームの変容の中で』
持続可能な開発目標(SDGs)の達成には毎年5~7兆ドルの投資を要するとされる中、開発途上国への投資は年間でおよそ2.5兆ドル不足するとの試算がある。政府開発援助(ODA)に代表される公的資金のみならず、民間資金流入のさらなる加速が期待される中、『持続可能な開発目標(SDGs)と開発資金』を上梓した浜名弘明氏に、今後の開発資金の在り方について話を聞いた。

  ※本記事は『月刊 国際開発ジャーナル2019年6月号』の掲載記事です。

浜名 弘明 氏

ODAの計上方式変更に貢献

―浜名さんは2011年から17年1月まで、国際協力機構(JICA)に所属されていましたね。
浜名:JICAへ入職してから2年半、円借款の制度設計を行う企画部業務企画第二課に所属していた。その後、JICA研究所、JICAフランス事務所へと異動したが、一貫して扱っていたのが経済協力開発機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)で再燃していた「政府開発援助(ODA)の再定義」に関する議論だ。それは、資金の供与条件のグラント・エレメント(GE)を算出する上で、元金と利子の支払い額の現在価値を求める際に用いられる割引率の変更についてだ。かねてより日本のアンタイド借款の透明性に疑念を抱いていた米国は、アンタイド借款の規制強化を求め、GEの割引率変更を提案していた。
 私はODAの再定義に関し、各国が提出した案のシミュレーションの作成と検証を行ったが、特に米国案はラディカルであった。仮にこの案が正式に採択された場合、約8割近くの日本の円借款はODAとして計上ができなくなる
ことに気が付いた。私は当時の業務企画第二課長に相談し、JICAの企画部援助協調企画室や理事、外務省、経済産業省、財務省へ事の重大さを説明するとともに、日本案としてこれまでの借款についてのODAの計上方式の変更を提案した。
 新たに私が提案したのは、「贈与相当額計上方式」だ。これまでは「ネット方式」と言い、借款を貸し付けた際には全額プラス計上し、返済が行われた分についてはマイナス計上をする。返済が予定通り行われれば最終的にはゼロベースになるため、ODAのうち円借款比率の高い日本にとっては不利な計上方式であった。新方式では、借款の貸し付け時にはGEに相当する部分のみをODAとしてプラス計上し、その後の返済時にはマイナス計上をしない。これにより、日本のODAが統計の面でも評価されることになる。
 だが、この日本案は、最終的には日本から出されなかった。というのも、当時の外務省がSDGsに関する交渉が終わるまでは、日本に有利になるような交渉は積極的に行わないという方針を打ち出していたからだ。私と他のJICA職員で外務省の説得を続けていたが、結局は日本案に賛成していたドイツがDACの統計作業部会にそれを提案し、その後、日本がその案に賛成するという流れになった。
 2014年のDACのハイレベルミーティングにて、日本が水面下で交渉していた「贈与相当額計上方式」について合意された。これには英国と日本の外務省の尽力があった。他にも、米国案とは異なる形式での割引率の変更や、新たな開発資金カテゴリーである「持続可能な開発のための公的総資金(TOSSD)」の導入も決定された。

―TOSSDはこれまでのODAとはどう違うのでしょうか。
浜名:TOSSDはODAより広範な公的資金の概念だ。その背景には、途上国に流入する資金のうち、ODAの相対的なボリュームが民間資金よりも小さくなってきたことがある。ODA以外の開発資金を捕捉する必要があり、現在はどの資金をTOSSDとして計上するかについてDACのみならず、国連統計委員会でも議論されている。
 近年では公的資金と民間資金の垣根も曖昧になっている。例えば、「国際協力機構債券(JICA債)」によって資本市場から民間資金を動員することは果たして純粋な公的資金にあたると言えるのか判断が難しい。また、他のドナー国には民間出資を受けている開発金融機関もあるが、そうした機関からの資金は、「民間資金」とも「公的資金」とも「動員された民間資金」とも言える。

国際的なルール形成が必要

―SDGs達成に向けても開発資金が必要だと言われます。
浜名:
SDGsは先進国をも対象に含めた包括的な目標であり、もはや途上国だけのものではない。だが、それ以前のミレニアム開発目標(MDGs)の流れを汲んでいる以上、途上国抜きにしてはSDGsを語ることはできない。民間資金が特に流入しやすい先進国の課題解決に終始してしまい、途上国への資金の流れが停滞してしまうような事態は避けるべきだ。
 ODAは、民間資金が流入しにくいような部分を補填できるルールを作るための資金として活用できるだろう。加えて、例えば、ODAによってインフラを整備することで民間資金の流入を促す触媒効果も期待できる。
 このように、公的資金と民間資金の異なる性質や役割を分けて考え、必要とされるところに適切な資金が流れるように国際的なルールを形成していくことが必要だ。

―SDGsは実に幅広い社会課題を含んでいます。
浜名:詰め込み過ぎだと言う人もいるが、私はSDGsのターゲットが169あることは良いと思う。個別の開発課題には、経済成長の達成と気候変動対策など、いわゆるトレードオフになりがちなものもある。SDGsを通じてそれらを1つのテーブルに乗せることで、一体的な解決を図るための議論ができるようになった。
 他方、SDGsの各ターゲットに対して、どの程度資金を流入させるかについて、各国の責任がMDGs時代よりも明確でないことは注視しなければならない。
 ターゲット間のトレードオフや相乗効果を明らかにする上では、SDGsの達成度のモニタリングも必要だ。それにより、各国にとって必要な資金形態も見えてくる。

―今後の開発資金の潮流はどのようになっていくでしょうか。
浜名:ODAのみでできる途上国への支援は段々と限られてきている。OECDの貿易委員会が定める「OECD公的輸出信用アレンジメント」では、原則、国際協力銀行(JBIC)のような輸出信用機関の資金とODAを併せて拠出することはできない。しかし、このルールは既に時勢に合っていないため、現在ではこれらの資金を組み合わせて拠出できるようなルールへと変更する方向に議論も出始めている。 
 日本はこのような国際的なルールを作る場にあまり参加してこなかったように思う。私はODAの再定義の議論を巡ってDACの統計作業部会の非公式会合に参加していた。統計作業部会は年に2回、非公式と公式の会合が開催され、今後のODAの定義を決める大本の議論がなされる場だ。それにもかかわらず、私が参加する以前は日本からは外務省が統計作業部会の公式会合に参加するのみであり、援助の実務機関であるJICAは参加していない時期が続いた。
 中国などの新興国の台頭を受け、国際的なルールも柔軟に変えざるを得ない過渡期に来ている。日本はこうした時勢の変化をきちんと捉え、国際的なルール形成の場に参加していくべきだろう。


『持続可能な開発目標(SDGs)と開発資金―開発援助レジームの変容の中で』
浜名 弘明 著
文眞堂
3,600円+税

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本記事は国際開発ジャーナル2019年6月号に掲載されています。

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